き出すと、無言のまま、私の鼻の先に突きつけた。見ると私が書いた昨日の夕刊記事の全部に、毒々しい赤線が引いてある。
 私はわざとニッコリしてうなずいた。その私の顔を大塚警部はニガリ切って白眼《にら》み据えた。
「困るじゃないか……こんな事をしちゃ……僕等を出し抜いて……」
「フフン、何もしやしない。工学部の正門を這入ろうとしたら、鉄道線路の上に真黒な人ダカリがしていた。行って見たらこの轢死だった……というだけの事さ……」
「女の身元はどうして洗った」
「屍体の左手の中指の先にヨディムチンキが塗ってあった。別段腫れても、傷ついてもいないところを見ると、刺《とげ》か何かを抜いたアトを消毒したものらしいが、ヨディムチンキをそんな風に使う女なら、差し詰め医師の家族か、看護婦だろう」
「……フーム……ソンナモンカナ」
「ところで服装を見ると看護婦は動かぬところだろう。同時に下駄のマークを見ると、早川の下宿の近所で買っている。そこで取りあえず九大の看護婦寄宿舎の名簿を引っくり返してみたら、時枝という有名なシャンが三月《みつき》ばかり前から休んでいる。もしやと思って原籍を調べたら驚いたね。佐賀県|神野
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