たが、どっちもいい加減にあしらって追い返しておいたよ」
「感謝します」
「あとの記事は無いかい」
「……あります……時枝のおやじと九大内科部長があなたの処へ揉《も》み消しに来た事実があります」
「アハハハ、一本参ったナ。しかし何かそのほかに時枝の娘に相違ないという確証はないかい」
「あります……ここに持っています。死んだ娘が悲鳴をあげる奴を……」
「そいつは新聞に出せないかい」
「出してもいいですけど屍体を掻きまわして掴んで来たものなんです。検事局へ引っぱられるのはイヤですからネエ」
「いいじゃないか。あとは引受けるよ」
「……でも……あなたと一緒に飲めなくなりますから……」
「アハハハハ。そうかそうか。サヨナラ……」
「……サヨナラ……」
それから三四十日経った或る蒸し暑い晩の事、私は東中洲《ひがしなかす》のカフェーで偶然に私服を着た大塚警部に出会《でっくわ》した。警部は誰かを探しているらしかったが、私が声をかけると、すぐに私の卓子《テーブル》に来てビールを呼んだ。その顔を見ているうちにフト思い出して尋ねて見た。
「時にどうしたい……アノ事件は……」
「……アノ事件?……ウンあの事件か。あれあアノマンマサ。医学士は二人とも君のお筆先に驚いたと見えて、その後神妙にしているよ」
「イヤ。女の身許の一件さ」
「ウン。あれもそのまんまさ。今頃は共同墓地で骨になっているだろうよ。可哀相に君のお蔭で親に見棄てられた上に、恋人にまで見離された無名の骨が一つ出来たわけだ」
「……………………」
「何でも女が線路にブッ倒れてから間もなく、色男の医学士らしい、洋服の男が馳けつけて、懐中や帯の間を掻きまわして、証拠になるものを浚《さら》って行ったという噂も聞いたが、その時刻にはその色男は、チャント下宿に居ったというからね。どうもおかしいんだ」
「……ウーン……おかしいね……」
「……とにかくあの別嬪《べっぴん》は、君が抹殺したようなものだぜ。その色男というのは君だったかも知れんがネ……ハッハッハッまあええわ。久し振りに飲もうじゃないか」
二人はそれから盛んにビールを飲んだが、私は妙に大塚警部の云った事が気にかかって、どうしても酔えなかった。しまいには自棄気味《やけぎみ》になって、警部が出て行くのを待ちかねてウイスキーを二三杯、立て続けに引っかけると、ヤット睡くなって来たが、ウトウ
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