《じれった》そうにひねりまわした。
「手証《てしょう》が上らないからさ。あの姉歯という奴は、大学の婦人科に居《お》った時分から、主任教授に化けて大学前の旅館に乗り込んで、姙婦を診察して金を取った形跡がある。今開いとる産婆学校も、生徒は三四人しか居らんので、内実は堕胎専門に違いないと睨んどるんじゃが、姉歯の奴トテモ敏捷《はしっこ》くて、頭が良過ぎて手におえん。噂や投書で縛れるものなら縛って見よという準備を、チャンとしとるに違いないのだ」
「フーム。この辺の医者の摺《す》れっ枯《か》らしにしてはチット出来過ぎているな」
「そうかも知れん。殊に今度の事件などは、相手が佐賀一の金満家と来とるから、姉歯も腕に縒《より》をかけとるという投書があった。むろん十が十まで当てにはならんが、彼奴《きゃつ》のやりそうな事だと思うて前から睨んではおったんだ」
「投書の出所《でどころ》はわからないか」
「ハッキリとはわからんが、大学部内の奴の仕事という事はアラカタ見当がついとる。早川の今の下宿を世話した奴が、姉歯だという事もチャンとわかっとる。何にしてもヨシ子が子供さえ生めば、姉歯の奴、本仕事にかかるに違いない。二人をかくまっておいて、時枝のおやじ[#「おやじ」に傍点]を脅喝《いたぶ》ろうという寸法だ。だからその時に佐賀署と連絡を取って、ネタを押えてフン縛ろうと思うておったのを、スッカリ打《ぶ》ち毀《こわ》されて弱っとるところだ」
「アハハハハ、大切《だいじ》の玉が死んだからナ」
「ソ……そうじゃない。君がこの記事を書いたからサ。実に乱暴だよ君は……」
「別に乱暴な事は一つも書いていないじゃないか。事実か事実でないかは、色んな話をきいているうちに直覚的にわかるからね。第一この写真が一切の事実を裏書きしているじゃないか」
「そうかも知れん……が、しかしこの記事は軽率だよ」
「怪《け》しからん。事実と違うところでもあるのか」
「……大ありだ……」
「エッ……」
「しかも今のところでは全然事実無根だ」
 私はドキンとして飛び上りそうになった。……早川に直接当らなかったのが手落ちだったかナ……と思うと、立っても居てもいられないような気持ちになった。大塚警部も困惑した顔になって、サアベルの頭をヤケに押し廻したが、やがて私の顔とスレスレに赤い顔を近付けると、酒臭いにおいをプーンとさした。
「実は僕も弱っ
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