この世に生き返ったらドウすればええのじゃ」
 度を失った医者はポケットから昨日の皺苦茶の一円札を出して三拝九拝した。
「……ど……どうぞ御勘弁を、息の根が止まります」
「馬鹿|奴《め》……その一円は昨日《きのう》の診察料じゃ。それを取返しに来るような奈良原到と思うか。見損なうにも程があるぞ」
「どうぞどうぞ。お助けお助け」
「助けてやる代りに今日の診察料を負けろ。そうして今一遍、よく診察し直せ。今度見損うたなら斬ってしまうぞ」
 因《ちなみ》にその診察の結果は全快、間違いなし。健康|申分《もうしぶん》なし。長生き疑いなしというものであった。

 大正元年頃であった。桂内閣の憲政擁護運動のために、北海道の山奥から引っぱり出された奈良原到翁は、上京すると直ぐに旧友頭山満翁を当時の寓居の霊南坂に訪れた。
 互いに死生を共にし合った往年の英傑児同志が、一方は天下の頭山翁となり、一方は名もなき草叢裡《そうそうり》の窮措大《きゅうそだい》翁となり果てたまま悠々|久濶《きゅうかつ》を叙《じょ》する。相共に憐れむ双鬟《そうかん》の霜といったような劇的シインが期待されていたが、実際は大違いであった。両翁
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