る奴が白い歯を剥《む》き出して冷笑しいしい、チラリチラリとワシの顔を振り返りおったのには顔負けがしたよ。そんな奴はイクラ助けても帰順する奴じゃないけに、総督府の費用を節約するために、ワシの一存で片端《かたっぱし》から斬り棄《すて》る事にしておった。今の日本人の先祖にしてはチッと立派過ぎはせんかのうハッハッハッハッ」

 日本に帰って千代町の役場に奉職している時は毎月五円の月給(巡査の月給二円五十銭、警部が三円時代)を貰っていたが、その殆んど全部が酒代《さかて》になっていた事は云う迄もない。今は故人になった前の福岡市の名市長、佐藤平太郎氏は神戸署の一巡査の身で、外人の治外法権制度に憤慨し、神戸居留地域を離るる一間ばかりの処で、人力車夫に暴行して逃げて行く外人を斬って棄て、天下を騒がした豪傑であるが、氏は語る。
「巡査を罷《や》めて故郷に帰り、久し振りに昔の面小手《めんこて》友達の奈良原を千代町の寓居に訪うてみると、落ちぶれたにも落ちぶれないにも四畳半といえば、四畳半、三方の壁の破れから先は天下の千畳敷に続いている。その秣《まぐさ》を積んだような畳の中央に虱《しらみ》に埋まったまま悠々と一
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