って行くんだ。金なんか気持ちの家来みたいなもんだ。コンナ話がある聞き給え。二百万や三百万の金は屁《へ》でもなくなる話だ。
 日清戦争以前の事だったが、支那の横暴を憎み、露西亜《ロシア》の東方経略を警戒した玄洋社の連中が、生命《いのち》知らずの若い連中を満蒙の野《や》に放って、恐支病と恐露病に陥っている日本の腰抜け政府を激励し、止むを得なければ玄洋社の力で戦争の火蓋を切ってやろうというので、寄ると触《さわ》ると腕を撫でたり四股を踏んだりしたもんだが、生憎《あいにく》な事に金が一文も無い。むろん頭山満も貧乏の天井を打っている時分だ。俺にも相談だけはしてくれたが、三月《みつき》縛《しば》り三割天引という東京切ってのスゴイ高利貸連を片端《かたっぱし》から泣かせて、
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かくばかりたふしても武蔵野の
  原には尽きぬ黄金草《こがねぐさ》かな
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 なんてやってた時代だから満蒙経営どころか、わが家賃を払うのすら勿体ない非常時なんだ。
 そこへ誰が聞いて来たか、ドエライ話が転がり込んで来たもんだ。その頃まだ元気で居た日本一の正直物、大井憲太郎という爺さんが、
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