それから後《のち》の彼は実際、目的のために手段を選まなかった。そうして乾児《こぶん》らしい乾児を一人も近づけないまま、万事タッタ一人の智恵と才覚でもって着々として成功して来た。
彼はソレ以来いつも右のポケットに二三人の百万長者を忍ばせていた。そうして左のポケットにはその時代時代の政界の大立物を二三人か四五人忍ばせつつ、彼一流の活躍を続けて来た。「俺の道楽は政治だ」と口癖のように彼は云い続けて来たのであるが、しかし彼が果して、どんな政治を道楽にして来たか、知っている者は一人も居ない。同時に彼の左右のポケットに入れられている財界、政界の巨頭連が、どうして彼のポケットに転がり込んで来たか……もしくは転がり込ませられて来たか、知っているものは一人も居ないようである。そうして唯驚いて、感心して、彼の事を怪物怪物と評判して、彼のためにチンドン屋たるべく利用されているようである。
事実、彼は現代に於ける最高度の宣伝上手である。彼に説明させると日清日露の両戦争の裡面の消息が手に取る如くわかると同時に、その両戦役が、彼の指先の加減一つで火蓋を切られた事が首肯されて来る。世人はだから彼を綽名《
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