もし又、万一、二人が国のためになると思うたならば玄洋社が総出で板垣に加勢してやろう。ナアニ二人が行けば大丈夫。口先ばっかりの土佐ッポオをタタキ潰して帰って来る位、何でもないじゃろう」
 といったような極めて荒っぽい決議で、旅費を工面して二人を旅立たせた……というのであるが何が扨《さて》、無双の無頓着主義の頭山満と人を殺すことを屁《へ》とも思わぬ無敵の乱暴者、奈良原到という、代表的な玄洋社式がつながって旅行するのだから、途中は弥次喜多どころでない。天魔鬼神も倒退《たいとう》三千里に及ぶ奇談を到る処に捲起して行ったらしい。
 当時の事を尋ねても頭山満翁も奈良原翁もただ苦笑するのみであまり多くを語らなかったが、それでも辛うじて洩れ聞いた、差支えない部類に属するらしい話だけでも、ナカナカ凡俗の想像を超越しているのが多い。
 二人とも或る意味での無学文盲で、日本の地理なぞ無論、知らない。四国がドッチの方角に在るかハッキリ知らないまんまに、それでも人に頭を下げて尋ねる事が二人とも嫌いなまんまに不思議と四国に渡って来たような事だったので、途中で無茶苦茶に道に迷ったのは当然の結果であった。
「オイオイ百姓。高知という処はドッチの方角に当るのか」
「コッチの方角やなモシ」
「ウン。そうか」
 と云うなりグングンその方角に行く。野でも山でも構わない式だからたまらない。玄洋社代表は迷わなくても道の方が迷ってしまう。その中《うち》に或る深山の谷間を通ったら福岡地方で珍重する忍草《しのぶぐさ》が、左右の崖に夥しく密生しているのを発見したので、奈良原到が先ず足を止めた。
「オイ。頭山。忍草《しのぶ》が在るぞ。採って行こう」
「ウム。オヤジが喜ぶじゃろう」
 というので道を迷っているのも忘れて盛んに※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》り始めたが、その中《うち》に日が暮れて来たので気が付いてみると、荷車が一台や二台では運び切れぬ位、採り溜めていた。
「オイ。頭山。これはトテモ持って行けんぞ」
「ウム。チッと多過ぎるのう、帰りに持って行こう」
 それから又行くと今度は山道七里ばかりの間人家が一軒も無い処へ来たので、流石《さすが》の玄洋社代表も腹が減って大いに弱った。ところへ思いがけなく向うから笊《ざる》を前後に荷《かつ》いだ卵売りに出会ったので呼止めて、二人で卵を買って啜《すす》り始めたが、卵というものはイクラ空腹でも左程沢山に啜れるものでない。十個ばかり啜る中《うち》に、二人とも硫黄臭いゲップを出すようになると、卵売りは大いに儲けるつもりで、道傍《みちばた》の枯松葉を集めて焼卵を作り、二人にすすめたので又食慾を新にした二人は、したたかに喰べた。
 ところでそこまでは先ず好都合であったがアトが散々であった。そこからまだ半道も行かぬ中《うち》に二人は忽ち鶏卵中毒を起し、猛烈な腹痛と共に代る代る道傍に跼《かが》み始めたので、道が一向に捗《はかど》らない。併《しか》し強情我慢の名を惜しむ二人はここでヘタバッてなるものかと歯を噛みしめて、互いに先陣を争って行くうちに、やっと人家近い処へ来たので二人とも通りかかった小川で尻を洗い、宿屋に着くには着いたが、あまりの息苦しさに、ボーオとなって腰をかけながら肩で呼吸《いき》をしているところへ宿屋の女中が、
「イラッシャイマセ。どうぞお二階へお上りなされませ」
 と云った時には階子段を見上げてホッとタメ息を吐《つ》いたという。
 それからその翌日の事。二人とも朝ッパラからヘトヘトに疲れていたので、宿屋からすすめられるままに馬に乗ったら、その馬を引いた馬士《まご》が、途中の宿場で居酒屋に這入った。するとその馬が一緒に居酒屋へ這入ろうとしたので乗っていた頭山が面喰らったらしい。慌てて居酒屋の軒先に掴まって両足で馬の胴を締め上げて入れまいと争ったが、とうとう馬の方が勝って頭山が軒先にブラ下った。その時の恰好の可笑《おか》しかったこと……と奈良原翁が筆者に語って大笑いした事がある。
 そのうちに高知市に近付くと眼の前に大きな山が迫って来て高知市はその真向いの山向うに在る。道路はその山の根方をグルリとまわって行くのであるが、その山を越えて一直線に行けば三分の一ぐらいの道程《みちのり》に過ぎない……と聞いた二人の心に又しても曲る事を好まぬ黒田武士の葉隠れ魂……もしくは玄洋社魂みたいなものがムズムズして来た。期せずして二人とも一直線に山を登り始めたが、その山が又、案外|嶮岨《けんそ》な絶壁だらけの山で、道なぞは無論無い。殆んど生命《いのち》がけの冒険続きでヘトヘトになって向うへ降りたが、後から考えると、たとえ四里でも五里でも山の根方をまわった方が早かったように思った……という。やはり奈良原翁の笑い話であった。
 そうした玄洋
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