ええから、そげな騒動しよる連中を皆一緒にここへ連れて来なさい。わしが聞き役になってやるけに、両方で議論してみなさい。わしが正しい方に加勢してやる」
山崎楽堂氏は大喜びで帰ってこの旨を全教授に通告した。しかし折角の翁の心入れも、楽堂氏と反対側の諸教授の不出席によってオジャンとなったという。法政騒動裏面史の一席……。
どうしてコンナ巨大な平凡児が日本に出現したかという……つまり頭山満の立志伝を書けと云われると筆者も少々困る。頭山満翁には、元来立志伝なるものがない。古往今来、あらゆる英雄豪傑は皆、豪《えら》い者になろうと志を立ててから、その志に向って勇往|邁進《まいしん》したに相違ない。つまるところ志を立てなければ豪《えら》い者になれない訳であるが、頭山翁の生涯を見ると、その志なるものを立てた形跡がない。従ってその立志伝なるものの書きようがないから困るのだ。
勿論、頭山翁は若い時代に、維新後の日本が、西洋文化に心酔した結果、日に月に唯物的に腐敗堕落して行く状況を見て、これではいけないぐらいの事は考えたかも知れないが、それを救うためには自分が先《ま》ず大人物にならなければとか、実社会に有力な人物にならなければとか、又は大衆の人気を集めなければとか、人格者として尊敬されなければ……とかいったようなセセコマしい志を立てた形跡はミジンもない。持って生れた平々凡々式で、万事ありのまんまの手掴みで片付けて来ている。そこが頭山翁の古来ありふれた人傑と違っている点で、その平々凡々式の行き方が又、筆者をして頭山翁を好きにならしめた第一の条件になっているらしいのだ。
事実、頭山翁を平凡人なりと断定されて腹を立てる取巻きの非凡人諸君の中には、頭山翁が超特級の非凡人でなければ差支える連中が多いようである。頭山翁の爪の垢を煎《せん》じて第一に服《の》ませてやりたい人間は、頭山翁を取巻くそんな非凡人諸君に外ならないのだ。
維新後、天下の大勢を牛耳って、新政府の政治と、新興日本の利権とを併せて壟断《ろうだん》しようと試みた者は、所謂、薩長土肥の藩閥諸公であった。その藩閥政治の弊害を打破るべく今の議会政治が提唱され初めたものであるが、そもそもその薩長土肥の諸藩士が、王政維新、倒幕の時運に参劃《さんかく》し、天下の形勢を定めた中に、九州の大藩筑前の黒田藩ばかりが何故に除外されて来たのか。筑前藩
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