十恰好の禿頭《はげあたま》のデップリした親爺《おやじ》で、縞《しま》の羽織に前垂《まえだれ》、雪駄《せった》という、お定《き》まりの町家《まちや》の旦那風だったが、帽子を冠らないで懐手《ふところで》をしたまま、自分の家《うち》の材木置場から、飯田橋の停車場の方へ抜けて行く途中の、鋸屑《おがくず》のフワフワ積った小径の上に、コロリと俯伏《うつぶ》せに倒れている……材木の蔭から躍り出た兇漢に、アッという間もなく脳天を喰らわされたんだね。額《ひたい》から眼鼻の間へかけて一直線に石榴《ざくろ》みたいにブチ割られて、脳味噌がハミ出している。ちょっと見たところ、出血の量が非常に少ないと思ったが、顔の下の湿った鋸屑を掘ってみると、下の方ほど真黒くドロドロになっている。死後推定時間は十時間だったと思うが、倒れたまま、動かなかったらしい。文句なしの即死だね。ところでそこまでは判明したが、その他の事が全くわからない。
その頃まではどこの材木置場にも木挽《こびき》が活躍していたので、現場の周囲が随分遠くまで新らしい鋸屑だらけだ。犯人もそこを狙って仕事をしたものらしく足跡が全くわからないのには弱ったよ。いく
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