十恰好の禿頭《はげあたま》のデップリした親爺《おやじ》で、縞《しま》の羽織に前垂《まえだれ》、雪駄《せった》という、お定《き》まりの町家《まちや》の旦那風だったが、帽子を冠らないで懐手《ふところで》をしたまま、自分の家《うち》の材木置場から、飯田橋の停車場の方へ抜けて行く途中の、鋸屑《おがくず》のフワフワ積った小径の上に、コロリと俯伏《うつぶ》せに倒れている……材木の蔭から躍り出た兇漢に、アッという間もなく脳天を喰らわされたんだね。額《ひたい》から眼鼻の間へかけて一直線に石榴《ざくろ》みたいにブチ割られて、脳味噌がハミ出している。ちょっと見たところ、出血の量が非常に少ないと思ったが、顔の下の湿った鋸屑を掘ってみると、下の方ほど真黒くドロドロになっている。死後推定時間は十時間だったと思うが、倒れたまま、動かなかったらしい。文句なしの即死だね。ところでそこまでは判明したが、その他の事が全くわからない。
その頃まではどこの材木置場にも木挽《こびき》が活躍していたので、現場の周囲が随分遠くまで新らしい鋸屑だらけだ。犯人もそこを狙って仕事をしたものらしく足跡が全くわからないのには弱ったよ。いくらでも足跡が在るには在るんだが、ハッキリしたのは一つもない。屍体《したい》の近くに二個所ばかり強く踏み躪《にじ》ってあるのが兇行当時の犯人の足跡《もの》らしかったが、単に下駄じゃないという事がわかるだけで推定材料にはテンデならない。被害者の懐中物は無尽講《むじんこう》の帳面が二冊キリ。蟇口《がまぐち》も煙草|容《いれ》もない。……という極めてサッパリした現場なんだ。
その時の現場に出張していた連中はかなり大勢だった。少々大袈裟だったかも知れないが、仕事が閑散だったせいだろう。最初に麹町《こうじまち》署から来た四五人のほかに警視庁の第一捜査係長、刑事部長、警部補、巡査、刑事が四人、鑑識課の二三人、警察医が二名、予審判事と書記というのだから、殆んど全国の警察でも一粒|選《より》の鋭い眼玉が、そこいら中を一生懸命に探しまわったもんだが、何一つ手がかりが見当らない。ただその後の屍体解剖で、額にブチ込んだ兇器が厚さ一分位、推定一尺長さ以上の一直線の重たい物体であった。ちょうど鉈《なた》の背中みたようなものだった。……という事が判明しただけだったが、しかもこの鉈の背中という説明のし方が、アトから
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