ウウウ……。リュウウ……。チイイ……。パアア……。チュウウ……。シイイイッ……。……と……。
 いいですか。眼を開けますよ。
 ……オヤア……これあ不思議だ……。
 留学生が居ない。寝台ごと消えて無くなりやがった。コンクリートの壁になってしまった……確《たしか》に壁だ。寝台一つしか這入らない狭い室《へや》になっている。……おかしいな……この間から僕はあの支那人のことばかり気にしていたんだが……変ですねえ。どうしたんですか婦長さん……。
 ……オヤッ……婦長さんも居ない。
 いつの間に出て行ったんだろう。寝台の下にも……居ない。イヨイヨ可笑《おか》しい。俺はサッキから独言《ひとりごと》を云っていたのか知らん。チョッとこの薬を嘗《な》めて……みよう。
 ……苦くも何ともありゃあしない。塩《しょ》っぱい味がする……重曹の味だけだ。オカシイナ……オカシイ……。
 ……アッハッハッハッハッ。やっと解った。
 これが飛去来術なんだ。今の間《ま》に室と薬がかわったんだ。
 ……エライもんだなあ婦長さんの魔法は……まるで天勝《てんかつ》みたいだ。有難い有難い。お蔭でこれから安心して眠れる。
 ……ああ驚いた……。
 面白い国だなあ支那という国は……。
 アッハッハッハッハッハッハッ……。



底本:「夢野久作全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年1月22日第1刷発行
底本の親本:「瓶詰地獄」春陽堂
   1933(昭和8)年5月15日発行
入力:柴田卓治
校正:ちはる
2000年9月30日公開
2006年3月15日修正
青空文庫作成ファイル:
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