それからアアとサアのお妃《きさき》の父親の王様も死んでしまって、アアもサアも立派な鬚を生《は》やした王様になっておりました。
 一番兄さんのアア王は今一本の手紙を書いて、弟のサア王の国へお使いに持たせてやっております。
 その手紙にはこんなことが書いてありました。
「おれとお前とはこの国を半分|宛《ずつ》持っている。しかしおれはお前の兄さんだから、お前はおれの家来になって、お前の国をおれによこしてもいいと思う。そうすればお前はおれの一番いい家来にしてやる。けれどももしお前がイヤだと云うのなら、おれは何にでもあたる鉄砲を持っているから、ここからお前を狙って打ち殺してしまうぞ」
 この手紙を見た弟のサアは大層|怒《おこ》りました。
「いくら兄さんでも、半分|宛《ずつ》わけて貰ったこの国を取り上げるようなことを云うのは乱暴だ。そんな兄さんの云うことは聴かなくてもよい。鉄の鎧を着ていればいくら鉄砲だってこわいことはない。今から兄さんと戦争をしてやろう」
 と、すぐに家来に戦《いくさ》の用意をさせました。
 このことをきいた兄さんのアア王は大層|憤《おこ》りまして、
「おのれ、サア王の憎い奴め。兄貴の云うことをきかないで戦争の用意をするなんて憎い奴だ。それならこっちから戦争をしかけて滅茶滅茶負かしてやれ」
 と云うので、すぐに兵隊を呼び集めました。
 アア王とサア王の妃《きさき》はもともと姉さんと妹ですから、大変心配をしまして、いろいろに二人の王様の戦争の用意を止めようとしましたが、二人ともなかなか云うことをききません。
 二人のお妃は只泣くよりほかはありませんでした。
 この有様を月の世界から見たリイは、月姫にこう云いました。
「私はこの戦争を止めに行かなければなりません。そうして二人の兄さんが一生涯戦争をしないようにしなければなりません」
 月姫はこれをきいて、
「ほんとに早く止めて上げて下さいまし。二人のお姉様がお可哀想です。けれども、どうしてこんな大戦争をお止めになるのですか」
 と眼をまん丸にして尋ねました。
 リイはニッコリ笑いながら、
「まあ見ていて御覧なさい」
 と云ううちに又も遠眼鏡を眼に当てました。
 リイは遠眼鏡を眼に当てながら、一番兄さんの宝物《ほうもつ》の鉄砲はどこにあるかと思いながら、
「アム」
 と云いますと、すぐに兄さんのアア王のお城の宝庫《たからぐら》が見えました。
 その宝庫《たからぐら》には強そうな兵隊がチャンと番をしておりまして、その庫《くら》の奥にある大きな鉄の宝箱の中に立派な鉄砲が一梃ちゃんと立てかけてありました。
 リイはそれを見つけると喜んですぐに、
「マム」
 と云いますと、もうその宝庫《たからぐら》の中の宝箱の中の鉄砲のところへ来てしまいましたから、リイはその鉄砲を肩にかつぎました。
 それから今度は次の兄さんのサア王のお城の方を向いて、宝物の刀はどこにあるだろうと遠眼鏡をのぞきながら、
「アム」
 と云いますと、やっぱりそのお城の宝庫《たからぐら》の中の宝箱の中にチャンと蔵《しま》ってありましたから、すぐに、
「マム」
 と云うと、そこへ飛んで行ってその刀の紐を腰に結びつけました。
 リイはそれからアア王とサア王の国の境目《さかいめ》にある一番高い山の上に遠眼鏡の魔法で飛んで行って、そこの岩に腰をかけて、遠眼鏡で二人の兄さんのお城のようすを見ていました。
 二人の兄さんはそんなことは知りません。両方とも有りたけの兵隊をみんな集めて戦《いくさ》の用意をしてしまいますと、家来を呼んで、
「あの宝の鉄砲を持って来い」
「あの宝の刀を持って来い」
 と云いつけました。
 両方の家来は宝庫《たからぐら》の中の宝の箱を開いて見ますと、どちらも宝物が無くなっていますので、肝を潰して、
「お宝物の鉄砲が無くなっております」
「お宝物の刀が無くなっております」
 と青くなって両方の王様に言いました。
 両方の王様も青くなってしまいました。それは大変と、てんでに宝庫に駈け付けて調べて見ますと、番兵も庫《くら》の鍵もチャンとしていながら、中の刀と鉄砲だけ無くなっています。そうしてもとの鉄砲と刀とあったところに、どちらにも、
「お宝物はリイがいただいてまいりました。リイは国の境目《さかいめ》の高い山の上にお待ちしております」
 と書いた紙片が置いてありました。
 両方の兄さんたちは憤《おこ》るまいことか、
「さては弟のリイは泥棒の名人になったと見える。あの高い山を取り巻いて、リイを引っ捕えて宝物を取りもどせ」
 と云うので、両方の国の兵隊が両方からその山をぐるりと取り巻いて、ズンズン攻めのぼって来ました。
 ところがその山の絶頂まで攻めのぼって来るうちにすっかり日が暮れてしまいましたので、二人の兄さんは両方
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