ともリイが逃げはしまいかと心配していましたが、間もなく東の方からまん丸いお月様がのぼって来ましたので、その月の光りでやっとわかった山道をズンズン登って山の絶頂に来ますと、そこにある高い岩の上に不思議にも昔のままの子供の姿のリイが刀と鉄砲を持って立っておりました。
兄さんのアア王と弟のサア王はこれを見ると、
「それ、あいつを弓で射ち殺せ」
「刀でたたき殺せ」
と云いましたので、両方の兵隊は一時に岩の下へ突貫して来ました。
リイは攻め寄せる兵隊を見てニコニコ笑いました。右手に刀、左手に鉄砲をさし上げて、
「みんな音なしくしろ。音なしくしないとこの鉄砲と刀とで一人も残らず殺してしまうぞ」
と云いました。
これを見ると、今までワイワイと勢《いきおい》よく攻めのぼって来た兵隊は、皆一時にドンドン逃げ出してしまって、あとにはただ二人のお兄さん、アア王とサア王とだけが残りました。
リイは二人の兄さんに向って岩の上からこう云いました。
「お二人のお兄さま、おききなさい。あなたがたはなぜそんなに喧嘩をなさるのですか」
二人のお兄さんはこれをきくと恥かしくなって、岩の下で顔を見合わせて真赤になりました。
リイは又こう云いました。
「お二人がえらくおなりになったのは、この鉄砲と刀のおかげです。けれども又こんなに喧嘩をなさるのも、この鉄砲と刀があるからです。お二人が仲よくさえなされば、この鉄砲も刀もいらぬ物ですから私がいただいてまいります」
と云ううちに、東の方に向って遠眼鏡でお月様をのぞきながら、
「アム」
「マム」
と一時に云いました。
そうすると、見るみるうちにリイの足は岩の上から離れて、刀と鉄砲を荷《かつ》いだまま月の世界の方へ飛んでゆきました。
月の世界では月姫がリイを待っておりまして、
「よくお帰りになりました」
とお迎えに出て来ましたが、見るとリイの眼はいつの間にか両方とも開《あ》いておりましたので、月姫は又ビックリして、
「まあ。あなたの眼が両方とも開《あ》いていますよ」
と云いました。リイもこれを聞くとやっと気がつきまして、
「ヤア。ホントに。これは不思議だ。これは大かた今まで自分ひとりで遊んでいたのに、今度はお兄さんたちの仲直りをさせたので、神様がごほうびに開いて下すったのでしょう」
「ほんとにそうでございましょう。おめでとう御座います。さあお祝いにみんなで遊びましょう」
と大喜びで遊びはじめました。
山の上の岩の根本に残った二人の兄さんは、リイが天に飛び上って、お月様の方に行ってしまったのでビックリして抱《いだ》き合いました。そうしてこんな事を約束しました。
「リイは神様になった。そうして月の世界からいつも私たちのすることを見ているに違いない。そうして私たちがわるいことをしたら、すぐにあの鉄砲で撃ったり、あの刀で斬ったりするに違いない。だからこれから仲よくしよう」
二人はそれから別々にお城へ帰りますと、ほんとうに仲よく暮らしました。
みなさんがわるいことをなすった時も、リイはあの月の世界から遠眼鏡で見ているかも知れません。
底本:「夢野久作全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年5月22日第1刷発行
※この作品は初出時に署名「香倶土三鳥《かぐつちみどり》」で発表されたことが解題に記載されています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:柴田卓治
校正:もりみつじゅんじ
2000年4月4日公開
2003年10月24日修正
青空文庫作成ファイル:
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