立って、涙をポロポロこぼしながら東の方を見ていますと、向うの草山の方が明るくなって、黄色い大きなお月様がのぼって来ました。
リイはこんな大きなお月様を見たのは生れて初めてでしたから、ビックリして泣きやんで見ておりますと、不意にうしろの方からシャガレた声で、
「リイやリイや」
と云う声がしました。
リイはお月様を見ているところに不意にうしろから名前を呼ばれましたので、ビックリしてふり向きますと、そこには黒い三角の長い頭巾を冠《かぶ》り、同じように三角の長い外套《がいとう》を着た、顔色の青い、眼の玉の赤い、白髪のお婆さんが立っておりました。
そのお婆さんはニコニコ笑いながら、外套の下から小さな黒い棒を出してリイに渡しました。そうしてリイの耳にシャガレた低い声でこういいました。
「リイ、リイ、リイ
片目のリイ
この眼がね、眼にあてて
息つめて、アムと云え
すきなとこ、見られるぞ
リイ、リイ、リイ
片目のリイ
このめがね、眼に当てて
すきなとこ、のぞいたら
息つめて、マムと云え
どこへでも、ゆかれるぞ
アム、マム、ムニャムニャ」
と云うかと思うと、暗い家の蔭に這入ってそのまま消え失せてしまいました。
リイはビックリして立っておりましたが、やっと気がついて見ると、自分の手には一本の黒い棒をしっかりと握っております。
リイはいよいよ不思議に思いました。急いでその棒をお婆さんに返そうと思って、たった今お婆さんが消えて行った暗いところへ行きますと、そこは平《ひら》たい壁ばかりで、お婆さんはどこへ行ったかわかりませんでした。
リイはどうしようかと思いましたが、それと一所に今のお婆さんが云ったことを思い出しまして、ためしに黒い棒を片っ方の眼に当てて、向うの山の上のお月様をのぞいて、教わった通り、
「アム」
と云って見ました。
リイはあんまり不思議なのに驚いて、棒を取り落そうとした位でした。
お月様の世界がリイの眼の前に見えたのです。
見渡す限り真白い雪のような土の上に、水晶のように透きとおった山や翡翠《ひすい》のようにキレイな海や川がありまして、銀の草や木が生《は》え、黄金の実が生《な》って、その美しさは眼も眩《くら》むほどです。その中に高い高い大きな大きな金剛石の御殿が建っていて、その中にあのお伽噺《とぎばなし》の中にある竜宮の乙姫様の
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