し進んで来たために、職に殉じたものに違いない…………。
そう思うと私は、タッタ一人で行く雪の道の危険を忘れて一歩一歩と村の人々の足跡を追い初めた。底の方の凍り固まった、上《うわ》ッ面《つら》のフワフワしたメリケン粉のようにゆらめく雪を、村の人々が踏み固めて行った痕跡が、早くも凍りかかっている上から踏み破り踏み破り蹴散らし蹴散らし急いで行くので、狭い絶壁の上の岨道を行くのに、さほどの困難は感じなかった。それよりも一面に蔽われた深い谷底の雪の下を轟々《ごうごう》と流れる急流の音が、冷めたい、憂鬱な夜行列車のような響を立てているのが、時々聞えて来るのには、何故ということなしに肝を冷やした。渦巻|烟《けむ》る吹雪に捲かれて、どこにも手がかりの無い岨道を踏み外したが最後、二度と日の目を見られないと思うと、何故とはなしに身体《からだ》が縮《すく》んで、成るたけ谷に遠い側の足跡を拾い拾い急いで行った。
しかしちっとも寒くはなかった。温突《オンドル》の温もりが、まだ身体から抜け切れないうちに、慣れない雪道を歩いて身体が温まり初めたからであった。
時々|立佇《たちど》まって仰ぎ見ると、雪空は綺麗に晴れ渡って、眼も遥かな頭の上の峯々には朝日が桃色に映じていた。その峯々から蒸発する湯気が、薄い真綿《まわた》のような雲になって青い青い空へ消え込んで行くのが、神々《こうごう》しい位、美しかった。しかしこれに反して私が辿《たど》って行く岨道は、冷たいペパミント色の薄暗《うすやみ》に蔽われて、木の下の道なぞは月夜のように暗かった。時々ドドーオオン、ドドーオンという遠雷のような音が聞こえて来るのは、どこかの峯の雪崩《なだ》れの音であったろうか。
しかし私にはソンナ物音を聞き分けてみるなぞいう心の余裕が、いつの間にか無くなっていた。
私は間もなく雪の岨道を歩く困難が、想像のほかであることを思い知り初めた。その新しく辷《すべ》り落ちて来た軽い、深い粉末の堆積の中に落ち込み落ち込み、掻き分け掻き分け進んで行くうちに瞼がヒリヒリと痛くなり、鼻の穴がシクシクと疼《うず》き出し、息も絶え絶えになって一《ひ》と休みすると、忽ち零下何度の酷寒を感じ初めるので、又も匐《は》うようにして歩き出す苦しみは、経験のある人でなければわからない。
私はとうとう向うへ行く勇気も、後へ引返す元気も全く無くなって、雪の
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