が幾個となく、無限の歯噛《はが》みをし合っている。
ピストンロッドは灰色の腕をニューと突き出したまま……。
水圧|打鋲機《だびょうき》は天井裏の暗がりを睨《にら》み上げたまま……。
スチームハムマーは片足を持ち上げたまま……。
……すべてが超自然の巨大な馬力と、物理原則が生む確信とを百パーセントに身構えて、私の命令|一下《いっか》を待つべく、飽くまでも静まりかえっている。
……シイ――イイ……という音がどこからともなく聞こえるのは、セーフチーバルブの唇を洩《も》るスチームの音であろう……それとも私の耳の底の鳴る音か……。
私の背筋を或る力が伝わった。右手が自《おのずか》ら高く揚《あが》った。
職工長がうなずいて去った。
……極めて徐々に……徐々に……工場内に重なり合った一切の機械が眼醒《めざ》めはじめる。
工場の隅から隅まで、スチームが行き渡り初めたのだ。
そうして次第次第に早く……遂《つい》には眼にも止まらぬ鉄の眩覚が私の周囲から一時に渦巻き起る。……人間……狂人……超人……野獣……猛獣……怪獣……巨獣……それらの一切の力を物ともせぬ鉄の怒号……如何《いか》なる偉大なる精神をも一瞬の中《うち》に恐怖と死の錯覚の中に誘い込まねば措《お》かぬ真黒な、残忍冷酷な呻吟《しんぎん》が、到る処に転がりまわる。
今までに幾人となく引き裂かれ、切り千切《ちぎ》られ、タタき付けられた女工や、幼年工の亡霊を嘲《あざけ》る響き……。
このあいだ打ち砕かれた老職工の頭蓋骨《ずがいこつ》を罵倒《ばとう》する声……。
ずっと前にヘシ折られた大男の両足を愚弄《ぐろう》する音……。
すべての生命を冷眼視し、度外視して、鉄と火との激闘に熱中させる地獄の騒音……。
はるかの木工場から咽《むせ》んで来る旋回円鋸機《せんかいえんきょき》の悲鳴は、首筋から耳の付け根を伝わって、頭髪の一本一本|毎《ごと》に沁《し》み込んで震える。あの音も数本の指と、腕と、人の若者の前額《ぜんがく》を斬り割いた。その血しぶきは今でも梁木《はりき》の胴腹に黒ずんで残っている。
私の父親は世間から狂人扱いにされていた。それは仕事にかかったが最後、昼夜ブッ通しに、血も涙もない鋼鉄色の瞳をギラギラさせる、無学な、醜怪な老職工だからであった。それがこの工場の十字架であり、誇りであると同時に、数十の鉄
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