、すべてがスッカリおわかりになりますことと……そればかりを心頼みに致しまして、ようようにここまで認《したた》めて来たので御座います。
 それは何故かと申しますと、お兄様はもしや、お兄様の本当のお母様を御存じなのではないかと思われますからで御座います。そうして、それと一緒に、お父様の御病気のホントの原因も御存じになっていることと思われますからで御座います。
 そうして又、もしも、そんな事が御座いませんで、お兄様はそのような事についてホントウに何一つ御存じないものとしますれば、あなたのお父様は、やはり私のお母様とおんなじように、唯一つの恋をお胸に秘められたまま……お兄様にもお明かしにならないまま……この上もなく気高《けだか》い一生をお送りになったお方に違い御座いませぬことが、たやすくお察し出来るからで御座います。

 どうぞおゆるし下さいませ。
 御病気の折柄をも構いませず、女心のせつなさに、こんなに長々とした事を御眼にかけまして嘸《さぞ》かしお読みづらくてお疲れの事と存じます。
 けれどもこの事をお打ち明けして、ホントの事を判断して頂くお方はこの世にお兄様お一人しか、おいでにならないので御座います。私はもう、このような秘密を胸に秘めております力がなくなりましたので御座います。唯一人、お兄様のお心にお縋《すが》りするよりほかに致し方がなくなったので御座います。
 お兄様、もしお兄様が、ホントウに私のお兄様でおいでになりますならば私はお兄様のただ一人の妹として、生命《いのち》にかえてもお願い致します。
 看護婦さんたちの、それとないお話しを聞きますと、お兄様は、その後大変にお工合がよろしいとの事で、それだけ承わりましただけでも自分の病気が薄らいで行くように心強う御座います。どうぞどうぞこの上にもよくおなり遊ばして、スッカリもとのようにおなり遊ばすまでは、私の事を出来るだけお忘れ下さいまして、お心静かに御養生なすって下さいませ。私はそればかりを心頼みに致しましてこの病院でお手当てを受けております。そうして生きておりますうちに、ただ一眼でも、お兄様のお丈夫なお姿を拝見したいとそればかりを神様にお祈り致しております。
 私はもうこの世の中で、お兄様の事を考えるよりほかには何の楽しみもなくなっているので御座いますから……。
 けれどももしかして、まだお兄様が御丈夫な御自由なお身体
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