ダムの話をきかれる態度や、相槌の打ち方が、いつもよりもすこし熱心過ぎたり……
 ……お茶碗を差し出しながら、思わず態度を勿体ぶったり……
 ……「ああ美味《おいし》かった」という言葉のおしまいがけが、いつもよりも心もち感傷的に響いたり……ETC……ETC……
 マダムは、しかしそれでも、やっぱりスマアして、ニコニコしておられるのでした。それでいてこうした御主人の心理的な変化を、極めて隅々のデリケートなところまで見逃がさずに見て取られるのでした。そうして、その冷静な、すきとおった判断にかけて、イヨイヨ間違いがないと思われると、やっぱりスマアしてニコニコしたままお膳を下げて、お湯に這入《はい》られるのでした。
 マダムの湯上りのお化粧は、そんな晩に限って特別に濃厚に、一種の暗示的な技巧を凝《こ》らして仕上げられるのでした。そうして御主人に内証で買われたスバラシク派手な着物とか、帯とか、上等の装身具なんどの中《うち》の一つか二つかをこれ見よがしに身に着けて、やはり無技巧の技巧を冴えかえらせながら、無言のまま、ニコニコと御主人の前に出て、美味しいお茶を入れられるのでした。実は泣きたいような御主人の笑い顔をホノボノと見返されるのでした。そうして疲れておられる御主人を、もう決してほかの女とは遊ばないと決心させるほど……それほど徹底的にニコニコ責めに責め上げられるのでした。
 こうした技巧を凡《およ》そ四五遍もくり返して行かれるうちに、マダムはとうとうその御主人を完全に征服してしまわれました。無技巧の愛を百パーセントに占領されることになりました。
 けれどもその御主人は、それから二三年経つうちに神経衰弱にかかって世を早められましたので、マダムは賢夫人の名の下に沢山の財産を受け嗣がれる事になりました。
 マダムはこのごろ、こんな事を考えられるようになられました。
「妾《わたし》のせいじゃなかったか知らん。男ってものは時々|他所《よそ》へ泊らせないと、いけないものかも知れない」……と……。


       ◇

 ある処に一人のフラウがありました。
 その御主人は有名な遊び屋で、お二人のアパートに帰られる事は三日に一度ぐらいしかないのでしたが、それでいてお二人の間はトテモ、シックリとした甘ったるいものでした。否、むしろフラウの方がオッカナ、ビックリ仕掛けで、御主人の機嫌を取り取り送り迎えをしておられるように見えました。
 この事はむろんこのアパートの七不思議の一つに数えられているのでしたが、或る時、お隣りのミセスがチョットしたものを借りに来た序《ついで》に、さり気なくこのことを尋ねてみますと、フラウはみるみる首のつけねまで真赤になりながら、うつ向き勝ちにこう答えられるのでした。
「主人はわたくし達の結婚式の晩から、もうどこかへ消え失せて行くのでした。そうして帰って来た時はいつでも二日酔いをして、妾に介抱ばかりさせるのでした。
 妾はこうした主人の大ビラな仕打ちに対して長いあいだ何事も申しませんでした。妾は主人よりほかに男の方を存じませんでしたので、もしかしたら妾がわるいのじゃないかしらんと思って、心をつくして仕えましたが、それでも、どうしても主人の他所《よそ》泊りが止みませんでした。
 そのうちに妾のそうしたウップンが、とうとう破裂する時が来ました。妾はその時にキチガイのように喋舌《しゃべ》りつづけました。洪水《おおみず》のように涙を流しながら、今までの主人の横暴を一々数え上げて行きましたが、そのうちにとうとう口が利けなくなって、ベッドの上に突伏《つっぷ》しますと、それまで黙って聞いておりました主人は、やがてタッタ一こと申しました。
「お前の云い分はそれだけか」
 妾は口の中で「ハイ」と答えながら涙の顔を上げました。すると主人はその妾の横頬をイキナリ眼も眩《くら》むほどハタキつけました。
 ……スパ――――ン……と……。
 そうしてそのまんま、どこかへ泊りに行きました。
 妾は、それからというものホントウに無条件で、身も心も主人に捧げるようになりました。
 ……ホントウニ男らしい……」
 フラウの眼に、涙が一パイに浮き上りました。



底本:「夢野久作全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年8月24日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:江村秀之
2000年7月4日公開
2006年3月6日修正
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