に、エロ業者は堂々と、白昼の街頭に進出している……
 ……同時に個人としては、外交員、勧誘員、施術師、写真師、画家、筆耕、家政婦、派出婦、看護婦、なんぞの怪しげな名刺や印刷物、もしくは本物のタイプライターや爪鑢《つめやすり》なぞを提《さ》げて、官庁や会社は勿論のこと、普通の家庭にまでも侵入している……
 ……スピード的エロ業振りのアラユル尖端を、一九三〇式に磨き立てている……
 ……だから現代の頭のいい……たとえばマダムの御主人のような男性は、百のアリバイでも同時に作る事が出来る……
 ……たとえば会社へ、主人の出張先を問い合わせても「よくわかりません」という快濶な給仕の返事しか聞かれない……
 ……よしんば、うちの自動車の運転手にきいても何にもならない。主人の行先を洩らさない事が運転手のたしなみの第一ぐらいの事はトックの昔から心得ているにきまっている……
 ……つまり現代のエロ機関の精鋭さは、現代の男女性全体の頭のヨサを超越して行きつつある……日に日にシカゴ化し……巴里《パリー》化しつつある……
 という事をマダムはハッキリと感じておられました。
 ですからマダムは昔風の指紋や足跡式の探偵を応用して、主人のポケットや袂を探るようなヤボな手段を決して採られませんでした。そうして最もあたらしい……恐らく未来の探偵界を支配するであろうところの心理的な探偵方法……所謂《いわゆる》第三等の訊問法以上に合理的な、且《か》つ高等な訊問方法を用いて、御主人の隠れ遊びの有無を一々的確に探知されるのでした。
 すなわちマダムは、もっとも優れたる心理表現の観察者たるべく、その基礎的練習をはじめられました。
 ところで、すべての場合に於て、探偵が嫌疑者もしくは犯人に対して或る感情を持つ……憎んだり、同情をしたりするという事が、その観察や判断をあやまつ根本原因となるであろう事は申すまでもありません。一般の御婦人方は何よりも先にこの意味において、その御良人《おつれあい》の性行の公明なる審判者たる資格を喪失しておられるので、そのために、いつも、正義と純愛の高潮さるべき場面を、犬も喰わない水掛論や、猫まで逃げ出す家庭争議の場面と化して行かれつつある事はまことに是非もない次第と申上《もうしあ》ぐべきでありましょう。
 この辺の機微に通じておられましたマダムは、ですからまず御主人に惚れる事を中止されました。つまり御主人にどのように親切にされてもポーッとならず、ドンナに御機嫌を取られてもスッカリ嬉しがらない稽古をされました。これはマダムにとっては最も困難なお稽古と考えられておりましたが、それでもとうとう一生懸命で成功されました。いつもスマアして、ニコニコした、しなやかな心で御主人を迎えられるようになりました。
 ところでマダムの御主人は、いつも夕方の五時ごろ(それは御主人のリファインされたアタマで撰定された、最も適当と認められる時間)にお帰りになるのでしたが、出迎えられたマダムは、いつも待合の仲居か、ホテルのボーイのように無感激に……しかも上品にスラスラと御主人の身のまわりのお世話をされました。そうして御主人からのお尋ねがないかぎり、クダクダしい家事向きの事なぞはコレンバカリも話されずに、やはりニコニコしながら夕飯の御膳にさし向われるのでした。
 その間にはタッタ一つの技巧しかありませんでした。
 ……スマアしてニコニコしている……という無技巧の技巧……
 マダムはうしろ暗いところがないだけに、この無技巧の技巧を、御主人よりもイクラか楽につとめられるのでした。
 しかもそこが又タッタ一つのマダムのつけ[#「つけ」に傍点]目なのでした。
 御主人はもとより、心にうしろ暗いところのある時に限って、特別に御自身一流の無技巧の技巧を装うてお帰りになるのでしたが、それでもマダムの無技巧の技巧に対しては、いつもチョットの違いで勝ち目を譲られるのでした。
 ……ハテナ……感付いているのかしらん……いないのかしらん……
 と考えられるだけでも御主人は著しい引け目を感じられるのでした。そうして、その引け目を蔽いかくすべく、御主人は色々な技巧を弄《ろう》されるのでしたが、弄すれば弄するほど技巧が技巧らしく見え透《す》いて来そうになる事を、御主人はオツムがクリヤなだけそれだけクリヤに感じられるのでした。しかも御主人としては、それを是非とも蔽いかくさねばならぬ立場になっておられるだけ、それだけにイヨイヨ技巧の破綻をあらわされることになるのでした。
 ……時々、他家《よそ》へ行ったような気持ちになって、鼻の頭を撫でたくなったり……
 ……妙なところで咳払いが出かかったり……
 ……留守中の出来事を尋ねられる言葉づかいや声の調子が、どうしてもわざとらしい切り口上になりかけたり……
 ……マ
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