来やがったな。馬鹿野郎共。今度はあべこべに生命《いのち》を取ってやるぞ。その前にこれでも喰らえ」
と云いながら、お尻を出してたたいて見せた。
「それ」
と云って三人が弓に矢を番《つが》えると、小僧は早くも身をかわして、子供達が隠れているのと反対の森に駈け込んで、木の頂上に逆立《さかだち》をしたり、逆様《さかさま》にブラ下ったりして見せた。そしてだんだん三人を森の奥深く誘い込んで行った。三人の悪者はドンドン追っかけて行ったが、その中の一人はあまり上ばかり見ていたので、うっかりして熊蜂《くまんばち》の巣に足を踏み込んだ。驚いて飛び退《の》くと、そのあとから何千何万とも知れぬ熊蜂が一度に鬨《どっ》と飛び出して、三人の悪者に飛びかかって、滅茶滅茶に刺して刺して刺し殺してしまった。悪者共が死んでしまうと、小僧は悠々と樹の上から降りて来て、
「ヤア、熊蜂共。御苦労御苦労。さあ、約束の通り御褒美を遣るぞ」
と云って、砂糖の包《つつみ》を投げてやった。熊蜂共はブンブンと喜んで、
「これさえ下されば、私共は生命《いのち》も何も要りません」
と土に這い付いてお礼を云った。
六
こうして猿小僧の御蔭で十三人の子供は皆無事で都に着いて、両親や兄弟に会う事が出来たが、皆の者の喜びは譬《たと》えようもなかった。中にも王様は小僧を御殿のお庭に呼び寄せて、太子を助けてくれた御褒美にと云って、いろいろのものを賜わったが、小僧はお金や着物なぞはちっとも欲しがらずに、只喰べ物ばかりを欲張った。そして、あまり嬉しかったので、逆立ちをしたり筋斗《とんぼ》返りをしてお眼にかけた。王様も大層お喜びで、今日からこの小僧に乞食をやめさせて、御殿の中《うち》に抱えてやれとお言葉があった。
それから小僧は御殿の中《うち》でお湯に入れられて、美しい着物を着せられて、いろいろな礼儀や学問を教えられたが、小僧はそんな事は大嫌いであった。その中《うち》でも、広い長い重たい着物を着せられるのが一番|厭《いや》で、うっかりするとお付の者の眼を盗んで直《すぐ》に下着一枚になって、御殿の屋根の上を駈けまわった。それから夜はどうしても寝床の中に寝ないで、王様の馬小屋の藁の中に寝た。その馬は王様を載せるのが自慢で、「自分が通ると、人間が皆頭を下《さげ》る」と小僧に話して聞かせた。
「それだからお前は馬鹿なんだ。それはお前に頭を下げるのじゃない、王様に下《さげ》るのだ。そんな事を喜んでいるより、俺と一所に来て野原で遊んで見ろ。日は照るし、風は吹くし、川は流れているし、美味《おい》しい草はいくらでもあるし、こんな面白い気持ちのいい事はないぜ」
と話して聞かせた。
「そんなら連れて行って下さい」
「うん、連れて行ってやろう」
と約束したが、やがて夜が明けると直ぐに閂《かんぬき》を外して、馬を出して、その背中に飛び乗って王宮の御門の処へ来た。門番は驚いて、
「どこへ行く」
と尋ねた。
「王様の馬と一所に野原に遊びに行くのだ」
「この馬泥棒」
と云う中《うち》に門番は馬を押えた。猿小僧は直ぐに馬の背から御門の屋根へ飛び上って、外へ出てしまった。
七
小僧が久し振りに山奥の猿の都へ帰って来ると、猿共は泣いて喜んだ。小僧も生れて始めて嬉し泣きに泣いた。そして云った。
「人間の都より猿の都の方が余っ程いい。もう決してここを出て行かないから安心しておくれ」
底本:「夢野久作全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年5月22日第1刷発行
※底本の解題によれば、初出時の署名は「萠圓山人《ほうえんさんじん》」です。
入力:柴田卓治
校正:もりみつじゅんじ
2000年1月17日公開
2006年5月3日修正
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