前の砂原に着いて帆を卸《おろ》した。そしてその中から、三人の荒くれ男が七八ツ位から十二三位の美しい子供を都合十三人、猿轡《さるぐつわ》を噛《か》まして後手に縛ったまま引きずり出して、砂原の上に坐らせた。そしてその前に一つ宛《ずつ》青い壺を据えて、その横で三人共庖丁を磨《と》ぎはじめた。
「これは生き肝《きも》取りに違いない。助けてやろう」
と小僧は思った。そうしてつかつかと傍《かたわら》に近寄って、一人の男に向かって、
「もしもし。私の生き肝を序《ついで》に一つ取って下さい」
と頼んだ。荒くれ男は三人共、不意に奇妙な子供が出て来た上に、こんな大胆な事を云ったので、驚いて顔を見合わせた。けれどもやがてその中《うち》の親分らしい一人は眼をギョロリと光らして、気味悪く笑いながら、
「ウン。取られたければ取ってやらん事もないが、一体何だってそんなに肝が要らなくなったんだ」
「私は今までこの山奥の猿の都に居たんです。そして猿共と一所に木登りをするけれども、木から木へ飛び移ったり綱渡りをするのが恐ろしくて恐ろしくて、どうしても猿共に敵《かな》わないんです。ですから猿の王様にそのわけを聞くと、王様が云うには、人間の肝は猿の肝より小さいからそんなにビクビクするのだ。俺は今七八ツ程肝を仕舞って、時々出して洗濯しているが、欲しければ新しいのを一つ遣ろう。その代り今持っているのを棄ててしまえというのです。けれども私はどうしたら肝を出していいか分らないから、誰か肝を取る事の上手な人に頼もうと思ってここまで来たところです。丁度いいから取って下さい」
「ハハハハ。貴様は馬鹿だな」
「馬鹿じゃありません。本当に頼むんです」
「ウン、そんなら取ってやろう。その代り少し痛いからじっとしていなくちゃ駄目だぞ」
「痛い位驚きません」
「よし。こちらへ来い」
と云って、親分は一本の大きな樹の下に連れて行った。小僧はその幹によりかかって、胸を開いて、
「さあ取って下さい」
と云いながら突き出した。あとからついて来た二人の男は驚いて、
「馬鹿な小僧だなあ」
と云った。
けれども親分らしい男は黙って、今磨いだばかりの庖丁を小僧の眼の前に突きつけて、睨み付けて云った。
「さあいいか」
これを見ると、小僧は急に高らかに笑い出した。
「アハハハ。お前達に肝を取られるような間抜じゃない。今のは鳥渡《ちょっと》嘘を吐《つ》いて嘲弄《からか》ったのさ。態《ざま》を見ろヤイ」
と云いながら、親分の顔にプッと唾《つば》を吐きかけた。親分は「奴《おの》れ」と云い様《ざま》、小僧の胸を目がけて庖丁をグサと突き立てた。けれどもその胸は板のように固かった。ハッと驚いてよく見ると、庖丁は木の幹に突っ立っていて、小僧の姿はどこへ行ったかわからなかった。
「ヤーイ。馬鹿野郎。間抜け野郎。ここまでお出《い》で。甘酒進上」
と云う声が木の上からきこえて来た。それと一所に水がバラバラと降って来た。見ると小僧はいつの間にか木の上に駈け上って、三人に小便をしかけていた。三人は怒るまい事か、庖丁を口に啣《くわ》え、手《て》ん手《で》に木に登り初めたが、三人が小僧の傍まで来ると、小僧は又一段高い処に登って散々に悪態を吐《つ》いた。三人は益《ますます》憤《おこ》って、どこまでもと追いつめた。そしてとうとう一番|天辺《てっぺん》まで来ると、小僧は鳥のように隣りの木の枝へ飛び移って、スルスルと地面へ辷《すべ》り降りて砂原へ来て、十三人の子供を船に乗せて帆を揚げた。三人の悪者が木から降りた時は、船はもう沖の方へ出ていて、只《ただ》小僧の声ばかりが岸まで聞こえていた。
「馬鹿ヤーイ。態《ざま》を見ろヤーイ。小便引っかけられやがったヤーイ」
四
船が向う岸に着くと、小僧は十三人を船から卸《おろ》して、家はどこだと聞いて見ると、皆この国の都の貴《たっと》い人々の子供ばかりで、中にも一番小さい七つになる児《こ》は天子様のお世継ぎの太子様であった。或る日、十三人は揃って川遊びに行った途中、お伴の者の船にはぐれて悪者共に捕えられたのであった。小僧はそれでは都まで送ってやろうと約束すると、皆泣いて喜んだ。それから小僧は十三人を、一番小さい太子様から順々に一列に並べて、青い壺を胸の処に掛けさせて都の方へ出発した。そして口々に次のような歌を唄わせた。
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私達は都の子供
都合合せて十三人
生き肝取りにかどわかされて
手をば縛られ口ふさがれて
青い壺をば背に負わされて
歩け歩けと打ちたたかれて
野越え山越え悲しい旅路
泣いても泣いても声は出ぬ
船は帆揚げて潮越えて
砂の浜辺に座らせられて
胸を割《さ》かれてしまったならば
あとに残るは只生き肝と
肝を封じた青い壺
不思議の生命《い
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