トリックだったかも知れないのです。
 ……その証拠というのは、特別に探すまでもありません。昨夜の出来事の全部が、その証拠になるのです。貴方は、あなたが遂行された歌原未亡人惨殺事件の要所要所に、夢遊病の特徴をハッキリとあらわしておられるのです。……雪洞《ぼんぼり》型の電燈の笠にボヤケた血の指紋をコスリ付けられたところといい、一等若い、美しい看護婦の唇の上に、わざとクロロフォルムの綿を置きっ放しにして、殺してしまわれた残忍さといい……その綿は馬鹿な警官が、大切な証拠物件として持って行ったそうですが……そのほか男爵未亡人の枕元に在った鼻紙と、その上に置いて在った硝子《ガラス》製の吸呑器《すいのみき》を蹴散《けち》らしたり、百|燭《しょく》の電燈を点《つ》けっ放《ぱな》しにして出て行ったり、如何にも夢遊病者らしい手落ちを都合よく残しておられます。その中でも特に、男爵未亡人の着物や帯をムザムザと切断したり、繃帯を切り散らして、手術した局部を露出したり、最後に又、その兇行に使用した鋏を、モウ一度深く胸の疵口《きずぐち》に刺し込んだまま出て行かれたりしているところは、百パーセントに夢中遊行者特有の残
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