絡まり込んでいる、茶革《ちゃがわ》のサック様のものを引きずり出したが、その二重に折り曲げられた蓋《ふた》を無造作に開いて、紫|天鵞絨《びろうど》のクッションに埋《うず》められた宝石行列を一眼見ると、私はハッと息を呑んだ。……生れて初めて見る稲妻色の光りの束……底知れぬ深藍色《しんらんしょく》の反射……静かに燃え立つ血色の焔《ほのお》……それは考える迄もなく、男爵未亡人の秘蔵の中でも一粒|選《え》りのものでなければならなかった。生命《いのち》と掛け換えの一粒一粒に相違なかった。
 私はワナナク手で茶革の蓋を折り曲げて、タオル寝巻の内懐《うちぶところ》に落し込んだ。そうしてジッと未亡人の寝顔を見返りながら、堪《たま》らない残忍な、愉快な気持ちに満たされつつ、心の底から押し上げるように笑い出した。
「……ウフ……ウフ……ウフウフウフウフウフ……」

 それから私がドンナ事を特一号室の中でしたか、全く記憶していない。ただ、いつの間にか私は一糸も纏《まと》わぬ素《す》っ裸体《ぱだか》になって、青白い肋《あばら》骨を骸骨のように波打たせて、骨だらけの左手に麻酔薬の残った小瓶を……右手にはギラギラ光
前へ 次へ
全89ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング