るくらい意識していた。だから副院長に話したら訳なく見せてもらえるであろう自分の足の標本を、わざわざ人目を忍んで見に来た位であったが、しかし、そうした私の行動がイクラ滑稽《こっけい》に見えたにしても、私自身にとっては決して、笑い事ではないのであった。この不景気のさ[#「さ」に傍点]中《なか》に、妹と二人切りで、利子の薄い、限られた貯金を使って、ドウデモコウデモ学校を卒業しなければならないという、兄らしい意識で、いつも一パイに緊張して来た私は、もう自分ながら同情に堪《た》えないくらい神経過敏になり切っていた。妹に話したら噴《ふ》き出すかも知れないほど、臆病者になり切っていたのであった。それはもうこの時既に、逸早《いちはや》く私の心理に蔽《おお》いかかっていた、片輪者《かたわもの》らしいヒガミ根性のせいであったかも知れないけれども……。
 そう思い思い私は、変り果てた姿で、高い処に上がっている自分の足を見上げて、今一つホーッと溜息をした。
 その溜息はホントウの意味で「一足お先《さ》きに」失敬した自分の足の行方を、眼の前に見届けた安心そのもののあらわれに外《ほか》ならなかった。同時に、これか
前へ 次へ
全89ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング