ているミゾオチのまん中に在る……ということを眼《ま》のあたり発見した私は、それこそ生れて初めての思いに囚《とら》われて、思わず身ぶるいをさせられたのであった。
 それから私は、瞬《またた》きも出来ないほどの高度な好奇心に囚《とら》われつつ、未亡人の左の肩から掛けられた繃帯を一気に切り離して、手術された左の乳房を光線に晒《さら》した。
 見ると、まだ※[#「火+欣」、第3水準1−87−48]衝《きんしょう》が残っているらしく、こころもち潮紅《ちょうこう》したまま萎《しな》び潰《つぶ》れていて、乳首と肋《あばら》とを間近く引き寄せた縫い目の処には、黒い血の塊《かたまり》がコビリ着いたまま、青白い光りの下にシミジミと戦《おのの》きふるえていた。
 私は余りの傷《いた》ましさに思わず眼を閉じさせられた。
 ……片っ方の乳房を喪った偉大なヴィナス……
 ……黄金の毒気に蝕《むし》ばまれた大理石像……
 ……悪魔に噛《か》じられたエロの女神……
 ……天罰を蒙《こうむ》ったバムパイヤ……
 なぞという無残な形容詞を次から次に考えさせられた。
 けれども、そんな言葉を頭に閃《ひら》めかしているうちに又、何とも知れない異常な衝動がズキズキと私の全身に疼《うず》き拡がって行くのを、私はどうする事も出来なくなって来た。この女の全身の肉体美と、痛々しい黒血を噛み出した乳房とを一所にして、明るい光線の下に晒《さら》してみたら……というようなアラレモナイ息苦しい願望が、そこいら中にノタ打ちまわるのを押し止《とど》めることが出来なくなったのであった。
 私はそれでもジッと気を落ち着けて鋏を取り直した。軽い緞子《どんす》の羽根布団を、寝床の下へ無造作に掴み除《の》けて、未亡人の腹部に捲き付いている黒繻子《くろじゅす》の細帯に手をかけたのであったが、その時に私はフト奇妙な事に気が付いた。
 それは幅の狭い帯の下に挟まっている、ザラザラした固いものの手触《てざわ》りであった。
 私はその固いものが指先に触れると、その正体が未《ま》だよくわからないうちに、一種の不愉快な、蛇の腹に触ったような予感を受けたので、ゾッとして手を引っこめたが、又すぐに神経を取り直して両手をさしのばすと、その緩《ゆる》やかな黒繻子の帯を重なったまま引き上げて、容赦なくブツリブツリと切断して行った。そうしてその下の青い襦袢の襟に絡まり込んでいる、茶革《ちゃがわ》のサック様のものを引きずり出したが、その二重に折り曲げられた蓋《ふた》を無造作に開いて、紫|天鵞絨《びろうど》のクッションに埋《うず》められた宝石行列を一眼見ると、私はハッと息を呑んだ。……生れて初めて見る稲妻色の光りの束……底知れぬ深藍色《しんらんしょく》の反射……静かに燃え立つ血色の焔《ほのお》……それは考える迄もなく、男爵未亡人の秘蔵の中でも一粒|選《え》りのものでなければならなかった。生命《いのち》と掛け換えの一粒一粒に相違なかった。
 私はワナナク手で茶革の蓋を折り曲げて、タオル寝巻の内懐《うちぶところ》に落し込んだ。そうしてジッと未亡人の寝顔を見返りながら、堪《たま》らない残忍な、愉快な気持ちに満たされつつ、心の底から押し上げるように笑い出した。
「……ウフ……ウフ……ウフウフウフウフウフ……」

 それから私がドンナ事を特一号室の中でしたか、全く記憶していない。ただ、いつの間にか私は一糸も纏《まと》わぬ素《す》っ裸体《ぱだか》になって、青白い肋《あばら》骨を骸骨のように波打たせて、骨だらけの左手に麻酔薬の残った小瓶を……右手にはギラギラ光る舶来の鋏を振りまわしながら、瓦斯《ガス》入り電球の下に一本足を爪立てて、野蛮人のようにピョンピョンと飛びまわっていた事を記憶しているだけである。そうしてその間じゅう心の底から、
「ウフウフウフ……アハアハアハ……」
 と笑い続けていた事を、微《かすか》に記憶しているようである……。……が……しかし、それは唯それだけであった。私の記憶はそこいらからパッタリと中絶してしまって、その次に気が付いた時には奇妙にも、やはり丸裸体《まるはだか》のまま、貧弱な十|燭《しょく》の光りを背にして、自分の病棟付きの手洗場の片隅に、壁に向って突っ立っていた。そうして片手で薄黒いザラザラした壁を押さえて、ウットリと窓の外を眺めながら、長々と放尿しているのであったが、その時に、眼の前のコンクリート壁に植えられた硝子《ガラス》の破片に、西に傾いた満月が、病的に黄色くなったまま引っかかっている光景が、タマラナク咽喉《のど》が渇いていたその時の気持ちと一緒に、今でも不思議なくらいハッキリと印象に残っているようである。
 私はその時にはもう、今まで自分がして来た事をキレイに忘れていたように思う。そうしてユックリと放尿
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