いるんですからね……青木院長が請合いますよ。ハッハッハ」
「どうも……ありがとう」
「ところがですね……その義足が出来て来ると、まだまだ気色のわりい事が、いくらでもオッ始まるんですよ。こいつは経験の無い人に話してもホントにしませんがね。大連みたような寒い処に居ると、義足に霜やけがするんです。ハハハハハ。イヤ……したように思うんですがね。……とにかく義足の指の先あたりが、ムズムズして痒《かゆ》くてたまらなくなるんです。ですから義足のそこん処を、足袋《たび》の上から揉《も》んだり掻いたりしてやると、それがチャント治るのです。夜なぞは外《はず》した義足を、煖房《ペーチカ》の這入った壁に立てかけて寝るんですが、大雪の降る前なぞは、その義足の爪先や、膝っ小僧の節々がズキズキするのが、一|間《けん》も離れた寝台の上に寝ている、こっちの神経にハッキリと感じて来るんです。気色の悪い話ですが、よくそれで眼を覚《さ》まさせられますので……とうとうたまらなくなって、夜中に起き上って、御苦労様に義足をはめ込んで、そこいらと思う処へ湯タンポを入れたりしてやると、綺麗に治ってしまいましてね。いつの間にか眠ってしまうんです。ハハハハ。馬鹿馬鹿しいたって、これぐらい馬鹿馬鹿しい話はありませんがね」
「ハア……つまり二重の錯覚ですね。神経の切り口の痛みが、脊髄に反射されて、無い処の痛みのように錯覚されたのを、もう一度錯覚して、義足の痛みのように感ずるんですね」
私はこんな理窟を云って気持ちのわるさを転換しようとした。青木の話につれて、タッタ今見た自分の足の幻影が、又も眼の前の灰色の壁の中から、クネクネと躍り出して来そうな気がして来たので……しかし青木は、そんな私の気持ちにはお構いなしに話をつづけた。
「ヘヘエ。成る程。そんな理窟のもんですかねえ。私《あっし》も多分そんな事だろうと思っているにはいるんですが……ですから一緒に寝ている嬶《かかあ》がトテモ義足を怖がり始めましてね。どうぞ後生だから、枕元の壁に立てかけて寝る事だけは止《よ》してくれ……気味がわるくて寝られないからと云いますので、それから後《のち》は、冬になると寝台《ねだい》の下に別に床を取って、その中にこの義足を寝かして、湯タンポを入れて寝る事にしたんですが……ハハハハハ。まるで赤ん坊を寝かしたような恰好で、その方がヨッポド気味が悪いんですが、嬶《かかあ》はその方が安心らしく、よく眠るようになりましたよ。ハッハッハッ……でもヒョット支那人《チャンチャン》の泥棒か何かが這入《へえ》りやがって……あっちでは泥棒といったら大抵チャンチャンなんで、それも旧の師走《しわす》頃が一番多いんですが、そんな奴がコイツを見付けたら、胆《きも》っ玉をデングリ返すだろうと思いましてね。アッハッハッハッ」
私も仕方なしに青木の笑い声に釣られて、
「アハ……アハ……アハ……」
と力なく笑い出した。けれども、それに連れて、ヒドイ神経衰弱式の憂鬱《ゆううつ》が、眼の前に薄暗く蔽《おお》いかぶさって来るのを、ドウする事も出来なかった。
……コツコツ……コツコツコツ……
とノックする音……。
「オ――イ」
と青木が大きな声で返事をすると同時に、足の先の処の扉《ドア》が開《あ》いて、看護婦の白い服がバサバサと音を立てて這入って来た。それはシャクレた顔を女給みたいに塗りこくった女で、この病院の中でも一番生意気な看護婦であったが、手に持って来た大きな体温器をチョットひねくると、イキナリ私の鼻の先に突き付けた。外科病院の看護婦は、荒療治を見つけているせいか、どこでもイケゾンザイで生意気だそうで、この病院でも、コンナ無作法な仕打ちは珍らしくないのであった。だから私は温柔《おとな》しく体温器を受け取って腋《わき》の下に挟んだ。
「こっちには寄こさないのかね」
と横合いから青木が頓狂《とんきょう》な声を出した。すると出て行きかけた看護婦がツンとしたまま振り返った。
「熱があるのですか」
「大いにあるんです。ベラ棒に高い熱が……」
「風邪でも引いたんですか」
「お気の毒様……あなたに惚れたんです。おかげで死ぬくらい熱が……」
「タント馬鹿になさい」
「アハハハハハハハハ」
看護婦は怒った身ぶりをして出て行きかけた。
「……オットオット……チョットチョット。チョチョチョチョチョチョット……」
「ウルサイわねえ。何ですか。尿器ですか」
「イヤ。尿瓶《しびん》ぐらいの事なら、自分で都合が出来るんですが……エエ。その何です。チョットお伺いしたいことがあるんです」
「イヤに御丁寧ね……何ですか」
「イヤ。別に何てこともないんですが……あの……向うの特別室ですね」
「ハア……舶来の飛び切りのリネンのカーテンが掛かって、何十円もするチューリップの
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