来る事もありますので、飛んでもない夢を見たり、酷《ひど》く憂鬱になったりする訳ですね。中にはかなりに高度な夢遊病を起す人もあるらしいのですが……現にこの病院を夜中に脱《ぬ》け出して、日比谷あたりまで行って、ブッ倒れていた例がズット前にあったそうです。私は見なかったですけれども……」
「ヘエ、そいつあ驚きましたね。片っ方の足が無いのに、どうしてあんなに遠くまで行けるんでしょう」
「それあ解りませんがね。誰も見ていた人がないのですから。しかし、どうかして片足で歩いて行くのは事実らしいですな。欧洲大戦後にも、よく、そんな話をききましたよ。甚《はなは》だしいのになると或る温柔《おとな》しい軍人が、片足を切断されると間もなく夢中遊行を起すようになって、自分でも知らないうちに、他所《よそ》のものを盗んで来る事が屡《しばしば》あるようになった。しかも、それはみんな自分が欲しいと思っていた品物ばかりなのに、盗んだ場所をチットモ記憶しないので困ってしまった。とうとうおしまいには遠方に居る自分の恋人を殺してしまったので、スッカリ悲観したらしく、その旨《むね》を書き残して自殺した……というような話が報告されていますがね」
「ブルブル。物騒物騒。まるっきり本性が変ってしまうんですね」
「まあそんなものです。つまり手でも足でも、大きな処を身体《からだ》から切り離されると、今までそこに消費されていた栄養分が有り余って、ほかの処に押しかける事になるので、スッカリ身体《からだ》の調子が変る人があるのは事実です」
「ナアル程、思い当る事がありますね」
「そうでしょう。ちょうど軍縮で国費が余るのと同じ理窟ですからね。手術前の体質は勿論、性格までも全然違ってしまう人がある訳です。神経衰弱になったり、夢中遊行を起したりするのは、そんな風に体質や性格が変化して行く、過渡時代の徴候《ちょうこう》だという説もあるくらいですが……」
「ヘエ――。道理で、私は足を切ってから、コンナにムクムク肥りましたよ。おまけに精力がとても強くなりましてね。ヘッヘッヘッ」
副院長は赤面しながら慌てて鼻眼鏡をかけ直した。同時に二人の看護婦も、赤い顔をしいしい扉《ドア》の外へ辷《すべ》り出た。
「しかし……」
と副院長は今一度鼻眼鏡をかけ直しながら、青木の冗談を打ち消すように言葉を続けた。
「しかし御参考までに云っておきますが、そ
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