る。
 窓の外には黒い空が垂直に屹立《きった》っている。
 その電燈の向うの壁際にはモウ一つ鉄の寝台があって、その上に逞《たくま》しい大男が向うむきに寝ている。脱《ぬ》けはだかったドテラの襟元から、半出来の龍の刺青《ほりもの》をあらわして、まん中の薄くなったイガ栗頭と、鬚《ひげ》だらけの達磨《だるま》みたいな横顔を見せている。
 その枕元の茶器棚には、可愛い桃の小枝を挿《さ》した薬瓶が乗っかっている。妙な、トンチンカンな光景……。
 ……そうだ。私は入院しているのだ。ここは東京の築地の奎洋堂《けいようどう》という大きな外科病院の二等室なのだ。向うむきに寝ている大男は私の同室患者で、青木という大連《たいれん》の八百屋さんである。その枕元の桃の小枝は、昨日《きのう》私の妹の美代子が、見舞いに来た時に挿して行ったものだ……。
 ……こんな事をボンヤリと考えているうちに、又も右脚の膝小僧の処が、ズキンズキンと飛び上る程|疼《いた》んだ。私は思わず毛布の上から、そこを圧《おさ》え付けようとしたが、又、ハッと気が付いた。
 ……無い方の足が痛んだのだ……今のは……。
 私は開《あ》いた口が塞《ふさ》がらなくなった。そのまま眼球《めだま》ばかり動かして、キョロキョロとそこいらを見まわしていたようであったが、そのうちにハッと眼を据《す》えると、私の全身がゾーッと粟立《あわだ》って来た。両方の眼を拳固《げんこ》で力一パイこすりまわした。寝台の足の先の処をジイッと凝視《みつめ》たまま、石像のように固くなった。
 ……私の右足がニューとそこに突っ立っている。
 それは私の右足に相違ない……瘠《や》せこけた、青白い股の切り口が、薄桃色にクルクルと引っ括《くく》っている。……そのまん中から灰色の大腿骨《だいたいこつ》が一寸《いっすん》ばかり抜け出している。……その膝っ小僧の曲り目の処へ、小さなミットの形をした肉腫が、血の気《け》を無くしたまま、シッカリと獅噛《しが》み付いている。
 ……それはタッタ今、寝台から辷《すべ》り降りたまんまジッとしていたものらしい。リノリウム張りの床の上に足の平《ひら》を当てて、尺蠖《しゃくとりむし》のように一本立ちをしていた。そうして全体の中心を取るかのように、薄くらがりの中でフウラリフウラリと、前後左右に傾いていたが、そのうちに心もち「く」の字|型《なり》に曲
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