思い出したように私の方を振り返った。
「最早《もう》ボーイが気付いているでしょう。一寸《ちょっと》行って見ます」
 私はちょっとの間《ま》眼に見えないものを取り逃がしたようにいらいらしたが、すぐに落着いて答えた。
「……どうか……もし意識がたしかになっているようでしたら今|些《すこ》し問いたい事があります」
 杉川医師は首肯《うなず》きながらすぐに室《へや》を出て行ったが、その足音が廊下に消え去ると間もなく、隣の室の卓上電話が突然にけたたましく鳴り出した。
 私はすぐに飛んで行って受話器を外《はず》した。
「……もしもし……もしもし……貴方《あなた》はステーションホテルですか。十四号室に居られる狭山さんを……」
「僕だ僕だ。君は金丸君だろう」
「あ。貴下《あなた》でしたか……では報告します」
「銀行から掛けているのかね」
「そうです。報告の内容はここに居る人が皆知っている事ばかりです」
「ああいいよ。どうだったね」
「意外な事があるのです。この銀行から岩形氏の金を受け取って行ったのは岩形氏自身ではありません。岩形氏の小切手を持った日本婦人です」
「ふむ。それでやっとわかった。そんな事だ
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