《うち》で注意を要するものは、この外《ほか》に一個もない。但し押入れの中のトランクもスートケースも、その中に投げ込んである毛布、長靴、その他のござござも皆、最近に買ったらしい新品である事と、状袋《じょうぶくろ》、レターペーパー等という書信用の品物を一つも持たず、ホテル備え付の分を使用した模様もない事が、注目に価する位のものである。
◆備考 (二)遺書、もしくはそれに類するものはどこにも発見されなかった[#「遺書」から「発見されなかった」まで傍点]。
私はこれだけの事実を極度の注意を払って検査した上で、もう一度、岩形氏の枕元に在る注射器と茶色の小瓶と、ポケットから出た小鋏とを更《かわ》る代《がわ》る取り上げてみた。そうしてもう一度、内部のアルコールらしい臭いを嗅いでみたり、光線に透かしてみたり、硝子《ガラス》の栓を瓶と合わせてみたり、又は鋏をきちきち合わせてみたりなぞ、無用の努力を五六分間繰返しながら、内心では色々と推理を組み立てては壊し、判断してみては考え直してみた。しかし何度繰返して考え直して見ても、私の推理は同じ鉄壁にぶつかって一歩も進めなくなるばかりであった。この推理観察の
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