新聞記事の大活字を思い出すであろう。
 従って相当記憶の悪い人でも、そんな記事と関聯して、そんな記事以上のセンセーションを捲き起した有名な「暗黒公使《ダーク・ミニスター》事件」の大々的報道を思い出してくれるであろう。そうしてその帝都空前の大事変の舞台となった、その当時の大東京の風景を思い出してくれるであろう。
 その頃の東京も今の東京と比較したら全く隔世の感があるに違いない。震災をステップ・インするや否や一挙に二三十年分の推移を飛躍したというのだから……。
 その頃の宮城前の馬場先一帯は大きな、草|茫々《ぼうぼう》たる原っぱになっていて、昼間は兵隊が演習をしていた。夜は又半出来のビルデングや建築材料、板囲《いたがこい》なんぞの間を不良少年少女がうろうろする。時折りは追《お》い剥《は》ぎ、ブッタクリ、強姦、強盗、殺人犯人なぞいう物凄い連中が、時を得顔に出没している有様であった。そのほか無線電信のポールは市内に一本も無かったし、ラジオやトーキーなんぞは無論ありようがない。飛行機は年に一度ぐらい外国人に飛んで見せてもらっていた。また現在エロの大極楽園《パラダイス》になっているという新宿なんぞ
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