見上げながら、私一流の厳格な態度で訊ねた。
実をいうとこの時に私は、この少年に対して一種の不安と不愉快とを感じ始めていた。これは非常に得手勝手な話であるが、つまり私はこの少年のために、前に述べたような孤独な生活の安静を妨げられるような事になりはしまいかという虞《おそれ》を十分に感じ始めていたからで、さもなくともこの少年が、私に与えた驚きと疑いは、今まで実験の事で一ぱいになっていた私の頭を掻き乱すに十分……十二分であったからである。だから一刻も早くこのような妙な来客を逐《お》っ払ってしまいたい。そうして急いで彼《か》の「馬酔木《あしび》の毒素」の定量分析に取りかかりたいというのが、この時の私の何よりの願望であった。
けれども少年は平気であった。大抵の人間ならば、こうした私の態度を見ただけでも怖気《おじけ》が付くか、不快を感ずるかする筈なのに、この少年は恰《あたか》も、私がこんな態度を執《と》るのを予期していたかのように、相変らず唇の処に懐し気な微笑を含みながらポケットに手を突込んで一枚の古新聞紙を出した。それは余程古くから取ってあったものらしく、外側の一|頁《ページ》はもうぼろぼろに
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