車に撒かれて、失望して帰って来た志免刑事の一行と、四谷見附から電車に乗りかけていた熱海検事の一行を同じ箱自動車で帰して、近くのおでん屋でぺこぺこの腹を満たして後《のち》、警視庁に反抗した麹町署長に面会して、朝からの癇癪玉を一ぺんに破裂さしていたもので、記者連中が浸礼教会に押しかけて来たのは、その留守であったろう。
新聞記事の裏面の説明はそれだけである。
私はその当時の事を思い出して、聊《いささ》かセンチメンタルな、軽い溜息をしつつ、紙面から眼を離した。……と同時に少年も私が読み終るのを待ちかねていたらしく、うつむいていた顔を上げたが、その眼は最前《さっき》の通り黒水晶のように静かに澄み切っていた。けれども、その心の底に燃え上る云い知れぬ激情を、謹み深く押え付けていることが、その真白く血の気を失った頬の色にあらわれていた。私はその頬を見ながら念のために訊ねた。
「それじゃこの志村浩太郎氏御夫婦が、君の御両親なんですね」
「はい」
少年はちょっと唇を震わしたが、それでも静かに眼を伏せた。
「しかし……」
と私はまだ不審が晴れやらぬまま、二三度新聞紙を引っくり返しながら問うた。
「
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