流行し初めた緑色の派手なペルシャ模様。留針《タイピン》は物々しい金台の紅玉《ルビー》。腕輪はニッケルの撥条《ばね》。帽子は舶来の緑色ベロアに同じ色のリボン七|吋《インチ》四分の三。但し内側はかなり汗じみている。青スコッチの靴下。靴は舶来のボックス十二文で俗にいうブルドッグ型編上である。
携帯品[#ゴシック体]――右、左、内、外、後とあるのはポケットの位置を示す――
◆外套 【右外】何かを拭いたらしい棒のように絞り固めた白麻のハンカチ一つ。敷島らしい煙草の屑。【左内】ハバナ製葉巻を三本|容《い》れた鉄製の容器一個。岩形氏の掌《てのひら》と同様の泥の指紋が附着した小さな鋏一個。
◆上衣 【右内】万年筆のインキの切れかかったままのもの一本。鰐皮《わにがわ》の紙入れ一個。その内容は百円札七枚、十円札二枚、五十銭札五枚。一銭銅貨二枚。計七百二十二円五十二銭|也《なり》。岩形圭吾と印刷した名刺十三枚。外にもう一枚岩形の形という字の上部から横に破り取った下半分の名刺。及び、岩形と彫った小型の水晶印一個。【左外】濃紫色の女持絹ハンカチ一枚[#「濃紫色の女持絹ハンカチ一枚」に傍点]……その他中略……。
◆胴着《チョッキ》 【左外】ウォルサム製|廿型《にじゅうがた》金時計。金鎖。蓋附磁石。十四金鉛筆附。いずれも頗《すこぶ》る古いもので、その時の正確な時間十時十五分を示している。
◆ズボン ……一部中略……【右後】残弾四発を有する旧式五連発ニッケル鍍金《めっき》小型|拳銃《ピストル》。旋条がかなり磨滅し、撃鉄や安全環はニッケルが剥落して黒い生地《きじ》を露《あらわ》し、握りの処のエボナイトの浮彫《うきぼり》も、手擦れで磨滅してしまっている。少くとも十年以上使用したものである。
◆附記 注射器は日本製で岩代屋《いわしろや》の刻印があり、最近に求めたものらしく、針は予備針とも、最小のしなやかなものである。又、注射用の毒薬を入れた小瓶は普通の茶色の小瓶で、買った店の受取証のようなものは無論見当らず、中には極少量の薬液が附着しているようであるが、何が入っていたものか見当が付かない。ただ軽いアルコールらしい臭気が残っているばかりである。そうして注射器の筒にも、茶色の小瓶の栓や外側にも、岩形氏の掌《てのひら》と同様の泥の指紋が真白に附着している。
◆備考 (一)岩形氏の持物の中
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