卒《どうぞ》御安心下さい。しかしこれだけの事は御参考までに申上げておきます。その電文の内容が全部実現することになりますれば、現政府は満洲と西比利亜《シベリア》の利権を米国に売って、総選挙の費用を稼ぐ事になります。……ですから万一閣下がその電文を握り潰してお終《しま》いになるような事がありますれば私は大和民族の一員として、到底黙って見ている訳に参りませんから、個人として新聞に……」
「黙り給え……」
と総監は低い、押え付けた声で云った。真白に眼を剥《む》いて……。
「それ位の事がわからぬと思うか。余計な心配をするな」
「……でも……この捜索を打ち切れと仰言《おっしゃ》るからには……」
「……ダ……黙り給えというに……君はただ命令を遵奉《じゅんぽう》していさえすれあいいのだ。吾輩と同様に内務大臣の指揮命令に従うのが吾々の職務なんだ」
総監はここでやっと落ち着いて来たらしく、ハンカチを出して額の汗を拭いた。
「……しかし内務省の指揮命令は、いつも政党の利害を本位としております。司法権はいつも政党政派の上に超越さしておかなければ、現にこのような場合に……」
「……いけないッ……君はまだ解らんのか」
総監はすっかり平生の威厳を取り返した。その物々しい身体《からだ》で私を圧迫するように、ノッシノッシ近付いて来ると冷やかに私を見下した。
「……一言君の参考のために云っておく。この曲馬団に対する現政府の方針が間違っていたらその責任は現政府が負うであろう。しかし君の遣り口が間違っているために国際的の大問題を惹起するような事があれば、その責任は吾輩が負わねばならん」
「……………」
「それさえ解っておったら、別に云う事は無い筈である」
私は黙って頭を一つ下げると、さっさと総監の自室を出て行った。
私はその夜の中に辞表を書いて総監の手許に差出した。しかもその辞表はすぐに受け付けられたのである。そうして私の後釜《あとがま》には、私が初歩から教育した敏腕家で、この二三年の間に異数の抜擢《ばってき》を受けた私の腹心の志免不二夫《しめふじお》が、警視に昇進すると同時に坐ることになった。
この一事は私の憤慨を大部分|和《やわら》げたのであった。けれどもそれが私の手柄を横取りして現内閣の御機嫌を取った総監の私の不平に対する緩和策であることに気が付くと、その不平が又もや大部分盛り返してしま
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