いえ。ずっと離れた馬場先の柳の木の蔭で読まれました」
「……フ――ム……それからどうしました」
「嬢次様は、そんな記事を見てしまわれますと、深い溜息を一つされました。そうして……これはなかなか骨が折れるぞ……と云われましたが、その時にふっと曲馬場の入口の方を見られますと、急いで妾の手を取って、近くに置いてあった屋台店の蔭に隠れられました」
「それは何故ですか」
「ちょうどその時、はるか向うの曲馬団の改札口から出て来た一人の紳士がありました。その紳士は四十ばかりに見える髪の黒い、鬚のない、灰色の外套を着て、カンガルーのエナメル靴を穿いた方で、最前キチガイのように騒いで、ハドルスキーさんに抱き止められた人でしたが、嬢次様はその人を指さして、あの紳士が叔父様の狭山九郎太氏と教えられました」
「えっ」
とストーン氏は思わず身を乗り出した。丸|卓子《テーブル》の上に両手を突いて、眼を剥き出して女の顔を見た。
珈琲の匙《さじ》がからりと床の上に落ちた。
「……叔父様……ミスタ・サヤマ……どうして来ておりましたか」
「はい。私も初めは吃驚《びっくり》致しました。あんまり変りようが非道《ひど》うございましたから……ですけど嬢次様は初めから、そうらしいと気が付かれましたので、わざと怪しまれないように近い処に坐っておられたのだそうでございますが、そのうちに叔父が叫び声をあげて席を飛び出しましたので、いよいよそうに違いない事が、嬢次様にお解りになったそうでございます」
「どうして……」
「叔父は、妾《わたし》共のする事をいつの間にか残らず察しておりまして、次の馬の舞踏会の最中に騒ぎが初まりそうなのを心配して、あんなに狼狽《うろたえ》たのに違いございませぬ。……でも叔父でなければどうしてそんな事まで看破《みやぶ》りましょう。……叔父がいつもこうして妾を見張っていてくれる事がわかりますと、妾は有り難いやら、恐ろしいやら致しました」
「ジョージは叔父様に会おうとしませんでしたか」
「いいえ。その時に嬢次様は云われました。……最早《もう》仕方がない。叔父様は何もかも知っておられる。そうして叔父様は自分が曲馬団を非道い眼に会わせようとしたものだと思っておられるに違いない。けれどもその云い訳をする隙《ひま》がもうないのだ。自分は誰に疑われてもちっとも怖いとは思わない。ただ狭山さんに白眼《にら》ま
前へ
次へ
全236ページ中190ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング