ライトのようにありありと現われて来るではないか。
あの時に発見した聖書は、今も警視庁の参考品室の片隅にある、暗号の部と書いた硝子《ガラス》戸棚の中に投《ほう》り込まれたままになっている。たしか二〇一番の札《ふだ》を貼られたまま塵埃《ほこり》に包まれている筈である。
私も、今朝《けさ》の中《うち》迄はすっかりあの事件を忘れてしまっていた。何もかも忘れて、余生を自然科学の研究に没頭して送るべく、これから追々と買入れねばならぬ器械と、薬と、書物の事ばかり考えていた。
ところが今日の午後になって、嬢次少年の訪問を受けると又も、新《あらた》にその時の記憶を喚び起したのみならず、その問題の曲馬団の興行を見物に来て、カルロ・ナイン嬢の美しい姿を見て、どこかの華族様の令嬢ではないかと思ったりした。又、自分の直ぐ背後《うしろ》に坐っている女優|髷《まげ》の女を見ると、もしや志村のぶ子ではあるまいか……なぞと途方もない事を考えたりした。そのおかげであべこべに女から不良老年と見られて逃げられてしまったが、その時に私は、変な日だなと思った。今日は自分の頭が余程どうかしていると思った。そのほかにも未《ま》だ二つ三つ変だな……と思った事があったが、先の用事に気を取られて、次から次に忘れて行った。おまけに時間の間違いで、大勢の女が舞踏の最中に、馬に蹴殺されそうになった心配の余りに、頭がすっかり混乱してしまって、茫然恍惚とした夢うつつの境をさまよいながら、どこをどう歩いているか解らないまんまにカフェー・ユートピアに来てしまったのである。曲馬団が真赤な偽物である直接の証拠を一つも発見し得ないまま……嬢次少年の復讐を手伝うべき準備偵察も何も出来ないまま……そうして団員のどれもこれもが、皆本物の曲馬師で、素晴らしい腕前を持っているらしいのに感心させられたまま……平生《いつも》の理智と判断力とをめちゃめちゃにたたき付けられて終《しま》いかけていたのである。
ところが私の「第六感」はそんな甘い事では承知しなかった。それ以上の……殆んど私の生命《いのち》にも拘る或る大きな秘密を掴もうと努力していたのであった。
あとから考えると私の「第六感」はあの時に色々な材料を提供して、私の判断力の活躍を催促していた。前に述べたカルロ・ナイン嬢が貴族的な……寧ろ皇族的な気品を備えていた事……女優髷の女を見るとすぐに
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