合を私は又、仮りに二種類に分けて考えているのである。
 その第一種は昔から俗に云う「虫の知らせ」という奴で、細かく分けると「鴉《からす》鳴きが悪い」とか、「下駄の鼻緒が切れた」とか「鼬《いたち》が道を切った」とか、又は「夢見が悪い」とか「鳥影がさした」とかいうあれである。これはその人間の第六感が或る事を感じていながら、まだ意識のうちに現われて来なかったのが、そんな出来事に出会った拍子にひょいと現われて、何かの異変を知らせているので、決して迷信とか旧弊といって排斥すべきものではないのである。
 譬《たと》えば鴉がいつもと違った陰気な低い声で「カアア……」と啼《な》く。おやと思ってその方を見る。その瞬間、その人の頭の中にあるいろいろのあり触れた妄念が綺麗に消え失せて、只ぽかんとした空《から》っぽの頭になる。そこに「第六感」がアリアリと浮かみ現われて、その日のうちに起りかけている悪い出来事を感じている。
 鼬がすらりと道を横切る。……アレ……と思ってその影を見送るはずみに、今まで考えて来た事をふッと忘れる。あとには「第六感」だけが残って、行く手の災難を予覚している。
 誰でも下駄の鼻緒が切れるとハッと思う。何も考えずにジッと見詰める。その心の空虚に「第六感」が閃めきあらわれて、誰かの大病を感付いている。
 夢を見て覚めた瞬間はどんな英雄豪傑でもぽかんとしている。その時に第六感が働く。夢が悪いのではない。その夢を見て覚めた瞬間に第六感が凶事を感ずるから、今見た夢が何かしら悪いしらせのように感じられるので、そんなのが後《のち》に正夢となって思い合わされるのである。
 前に挙げた数例でも同様で、別に鴉や、鼻緒や、鼬が凶事を知らせている訳ではない。その瞬間に受けた「第六感」の感じがよくなかったのを錯覚して、鴉や、鼻緒や、鼬が気を悪くさせたかのように人に話す……そうすると、そんな感じを経験した人が案外多いために、吾れも吾れもと共鳴してこんな迷信を云い伝えるようになったもので、そんな事を云い出すのが、頭の単純な昔の人間や、田舎者であるのを見ても、こうした俗説の起りが「第六感」の作用から起っている事がわかる。
 尚、こうした第六感の錯覚作用は次の例を見れば一層よく解る。
 よく……鳥影がさした。今日はお客があるだろう……なぞいう事があるが、これは普通女に限って云う事で男は滅多にこんな言
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