ゅう》張りの大トランクがあって表に白い文字でGEORGE・CRAYと書いてあるが、その鍵の処には、白い小さい紙布《かみきれ》が挟んであるようである。近付いてよく見ると、それは嬢次少年自身の名刺で、その裏面には鉛筆で羅馬《ローマ》綴りの走り書きにしてある。
「この中の黒い鞄は頂戴致しました。御心配かけました」
…………………………………………………………………私はどこをどう歩いて来たのか丸で記憶しない。いつこのカフェー・ユートピアの二階へ上り込んだのか……どうして今、眼の前に並んでいる四種の料理……「豆スープ」と「黒|麺麭《パン》」と「ハムエッグス」と「珈琲《コーヒー》」を誂《あつら》えたのか……一つも頭の中に残っていなかった。
窓の外を覗くと、往来には夕暗《ゆうやみ》の色が仄《ほの》かに漂い初《そ》めている。向家《むかい》の瓦屋根の上を行く茶色の雲に反映する光りを見ると、太陽は殆んど地平線下に沈みかけているようである。頭の上の右手には花電燈がほっかりと点《つ》いていて、周囲には大勢の客が笑いさざめいている。中には曲馬団の帰りらしい学生の一組も居て、頻《しき》りに高声で話をしている。
「……面白かったな」
「うん。あのキチガイみたいなハイカラ紳士と、ハドルスキーの活劇が素敵だった。もう五十銭出してもいい……明日《あす》も遣るんなら……」
「一円呉れりゃあ俺が遣ってやらあ……」
「遣るよ一円ぐらい……」
「ダメよ。見物がみんな呉れなくちゃア……」
「チエ……慾張ってやがら……」
「何だろうな。あの紳士は一体……」
「キチガイだよ毛唐の……英語で何だか呶鳴《どな》ってたじゃねえか」
「最初は日本語だったぜ。待てッ……とか何とか……」
「……ウン……しかし何だってあんなに呶鳴り出したんだろう。だし抜けに……」
「ジョージ・クレイの居所を知っていたんじゃねえかナ」
「……どうしてわかる……」
「そいつが三万円の懸賞を見て気が変になったんじゃねえかと思うんだが……ハハン……」
「そうかも知れねえ。だから馬が共鳴して暴れ出したんだろう……馬い話だってんで……」
「アハハハ……違《ちげ》えねえ」
「ワハハハハハハ……」
「しかし三万円は大きいじゃねえか。たった一人の小僧っ子に……」
「なあに……あれあ広告よ。毛唐はよくあんな事をして人気を呼ぶそうだから……事によると両方|狎《
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