さび》しい風情を示しているばかりである。
 私は思い惑わざるを得なかった。何だか古い借銭の催促を受けているような気がして、今更にこの広告を出した時の乱れた、悲しい気持ちを思い出させられた。そうしてこの少年をここに連れ込んだ事を、深く後悔せずにはいられなかった。何故もっと早く、徹底的に厳格な態度を執って面会を断らなかったろうと思った。……けれども最早《もう》、ここまで来た以上は仕方がない。この少年は私が二年前に出した広告をいつまでも……私が息を引き取る間際までも有効だと一図《いちず》に信じて来ているらしい。だから迷惑ではあるが一応の責任は負わねばならぬ。そうして……今は助手の必要がなくなった。そんなに古い広告をいつまでも当てにしているものではない……という意味を、何とか相手が満足するように云って聞かして帰さねばならぬ。
 私は稍《やや》態度を和《やわら》げて訊ねた。
「……あなたのお住居《すまい》は……」
 少年は顔を上げた。依然として謹んだ態度で答えた。
「……私は家《うち》がないのです。両親も何もない一人ぽっちなのです。……ですから貴下《あなた》に雇って頂いてお宅に住まわせて頂きたいと思って来たのです……」
 そう云ううちに少年の両眼に涙が一ぱいに滲み出た。それにつれて顔の色が又さっと赧《あか》くなった。
 何という率直な言葉であろう。何という真面目さであろう。この少年は二年前に出た新聞広告を、今|以《もっ》て有効と思っているばかりでなく、その掲載事項の中にある履歴書、身元証明不要という文句までも裏表なしの真実と信じているらしい。そうして……是非雇って下さい……という熱心な希望を、どこまでも貫徹する決心でいるらしい。
 私はほとほと持て余してしまった。そうして改めて、少年の異様な贅沢な身装《みなり》を見上げ見下していると、少年は暫く躊躇しているようであったが、やがて言葉を継ぎ足しながら低頭《うなだ》れた。
「……けれども……ただ……これだけは申上げる事が出来ます。私の本籍は紐育《ニューヨーク》市民ですが、両親の顔をよく見覚えませぬ中《うち》から、軽業師に売られました。それから活動役者や、その他の色々な芸人に売りまわされて、支那人になされたり、西班牙《スペイン》人として取扱われたり、そうかと思うと芝居の日本娘になって歌を唄わされたりしておりますうちに、いつの間にか自
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