パナマ帽を脱いで、
「何卒《どうぞ》宜しくお頼ん申しやす。私《わし》で御座いやす。貴方《あなた》のその鋼鉄のような眼で睨まれちゃ、逃げようにも逃げられません」
 と云った位である。況《ま》してこの時は、たかが一介のビショビショ少年の正体を見破る事が出来なかったのみならず、あべこべに驚かされ、迷わされ、感心させらるるばかりで、手も足も出なくなった口惜しささえ感じていたのだから……そうして初対面の作法も何もかも忘れて睨み付けていたのだから必ずや容易ならぬ眼色《めいろ》をしていたに違いないと思う。
 ところが少年は、そうした私の眼の光りに射られながらちっとも臆した色を見せなかった。ただ持ち前の無邪気な、落ち着いた眼付きで私を見上げていた。……のみならずその黒い大きな、二重瞼の眼はこんな事を云っているようであった。
「貴方が私を御覧になるのは只今が初めてでしょう。けれども私はずっと前から貴方のお顔を知っていたのですよ」
 ……と……。又その素直な恰好のいい鼻は、
「私がここにお伺いしましたのは大切な用事をお願い申上げたいからですよ」
 という意味をほのめかしたようであった。そして又、その人懐《ひとなつ》こい可愛らしい締った唇は、軽い微笑を含んで無言の裡《うち》に云っていた。
「私は只今初めて貴方と言葉を交す機会を得たのを大変に嬉しく思います」
 ……と……。そうしてその身軽そうな均整《ととの》った身体《からだ》つきは、
「貴方をどこまでも正しい、御親切な方と信じております。貴方を深く深く尊敬しております」
 という心持ちを衷心《ちゅうしん》から表明しているかのように見えた。
 正直なところを白状すると、私は、こんな風に落ち着いた少年の態度を見れば見るほど、心の底で狼狽させられたのであった。あとから思い出しても顔が赤くなるくらいイライラさせられたのであった。相手は自分をよく知っていて、すっかり信用して落ち着いているのに、こっちは少しも相手がわからないでいるばかりでなく、ただ無暗《むやみ》に驚いて、感心して、疑って、躊躇《ちゅうちょ》しているのが、我身ながら恥かしくて腹立たしいような気がしたのであった。正直のところこんな心持ちを味わったのはこの時が初めてであった。
 これだけがこの少年に対する私の最初の印象であった。
 折から門内に高く聳《そび》ゆるユーカリ樹の上を行く白い雲が
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