……お気の毒さまですが……へい……」
私はこのボーイをちょっと憤《おこ》らしてみたくなった。わざと酔っ払いじみた巻き舌でまくし立ててやった。
「篦棒《べらぼう》めえ。十時半が早けあ六時頃は真夜中だろう。露西亜《ロシア》じゃあるめえし……」
「へえ。申訳ござんせん……つい……」
「つい露西亜の真似をしたっていうのか。そんなら何だって表の戸を明けた」
「へえ。これから気を付けます」
「露西亜になれと云うんじゃねえ。第一お前《めえ》の家《うち》はそんなに夜遅くまで繁昌すんのか」
「へえ。お酒を売りますんでつい……」
「つい営業規則を突破するんだろう。二時か三時頃まで……」
「へへっ。お蔭さまで……へへ……」
「何がお蔭さまだ。俺あ初めてだぞ……」
「恐れ入りやす。毎度ごしいきに……」
「そんなに云うんならごしいきにしてやる。飲みに来てやるぞ。女は居ねえのか」
「はい。私くらいのもので……」
「…ぷっ……馬鹿にするな……全く居ねえのか」
「……お気の毒さまで……」
「……そんなら今日は珈琲だけだ。濃いんだぞ……」
「畏《かし》こまりやした」
と云うなり頭を一つ下げてボーイは飛んで降りたが、間もなく下の方で二三人|哄《どっ》と笑う声がした。
「べらんめえの露助が来やがった」
「時間を間違《まちげ》えやがったな」
「なあに酔っ払ってやがんだ」
「言葉が通じんのか」
「通じ過ぎて困るくれえだ。珈琲だってやがらあ」
「コーヒー事とは夢露《ゆめつゆ》知らずか」
「コニャック持って行きましょか」
とこれは支那人の声らしい。
「おらあ彼奴《あいつ》の名前を知ってる」
と今のボーイの声……。
「ウイスキーってんだろう」
「露探《ろたん》じゃあんめえな」
「なあに。バルチック司令官|寝呆豆腐《ネボケトーフ》とござあい」
「ワッハッハ」
「しっしっ聞えるぞ。ホーラ歩き出した。こっちへ降りて来るんだ」
「……ロシャあよかった」
それっきりしんとしてしまったが、扨《さて》なかなか珈琲を持って来ない。朝っぱらのお客はどこのカフェーでも歓迎されないものである上に、余計な事を云って戯弄《からか》ったものだから、一層|憤《おこ》って手間を喰わしているのであろう。
しかし、これが私の思う壺であった。
私はその間《ま》に椅子から立ち上って、室《へや》の中の白い机掛けを一枚一枚|検《あらた》めて行
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