Nシクお痛みになる。×××××、×××かも知れない。ヘエ。つまり貴方様はズット前からそのピアノの教師《せんせい》を疑っておいでになったんですね。成る程。そのピアノの教師は芸術家気取のノッペリした青年……奥様は二度目の奥様で、大阪新聞の美人投票で一等賞……アッ……。
 ワ――ッ……先生ッ。チョチョチョチョットお待ち下さい。チョットチョット。いいえ放しませぬ。チョットお待ち下さい。血相をお変えになってどこへお出でになるんで……ナ何ですって……。そのピアノ教師《せんせい》をお訴えになる。あの本を取返して使った毒薬を発見してやる……ま……ま……待って下さい。……ト……飛んでもない事です。まあお聴き下さい。落ち付いて……とにかくここへ今一度おかけ下さい。私《あっし》のお話をお聞き下さい。御事情は私《あっし》が見貫《みぬ》いております。事件の真相は私《あっし》がチャンと存じておりますから、残らずお話し致しましょう。急《せ》いてはいけません。短気は損気です……ああビックリした……。
 飛んでもない事ですよ先生、ソレは……。もし先生がソンナ事をなされますとあの本をどこから手に入れたという事が、警察でキット問題になりますよ。その時に私《あっし》が警察へ呼ばれまして正直のところを申立てましたら、先生の御身分は一体どうなるんですか。
 ハハハ。それ御覧なさい。まあまあモウ一度ここへお掛け下さい。このお茶の熱いところを一服めし上って下さい。私《あっし》が何もかもネタを割ってお話し致します。モトを申しますと何もかも私《あっし》が悪いのです。
 ソ……ソンナにビックリなさることは御座いません。コレ……この通りお詫びを申上げます。何もかも私《あっし》が悪いので御座います。ヘエヘエ。この通りアヤマリます。どうぞ御勘弁を……。
 何をお隠し申しましょう……只今まで私《あっし》がお話致しました事は、みんなヨタなんです。出鱈目《でたらめ》なんです。根も葉もない作り話なんでゲス。ハハハ。吃驚《びっくり》なさいましたか。ハハハ……。
 あの御本はヤッパリ普通の聖書なんです。もちろん一六八〇年度の英国の筆写本なんでゲスから相当の珍本には間違い御座んせん。三百両ぐらいの価値《ねうち》は確かで御座いますがトテモ千両なんて踏めるシロモノじゃ御座んせん。御自身で読んで御覧になれあ、おわかりになります。初めからおしまい
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