「のだ。神様を信ずれば盲目が見え、唖が物を云い、躄が駆け出すのだ。天を飛ぶ鳥を見よ。地を走る狐を見よ。明日の事なんか考えなくともチャンと生きて行けるじゃないか」といったアンバイ式に宣伝して世界中をみんな懶《なま》け者にしちまおうと思って発明したのがこの基督教なんだ。
……そこでその当時ユダヤでも一番の名優であったヨハネという爺さんを雇って来て、この基督教のチンドン屋をやらせてみたがドウモうまいこと行かない。そこでその次に出て来たユダヤでも第一等の美男子のイエスという男優と、ユダヤ第一の美しい女優のマリアというのを取組ませて、この宣伝を街頭でやらせてみたらコイツが大々的に大当りを取ることになった。
(三十行削除)
……といったような調子で旧約聖書の文句が済みますと今度は新約でゲス。
……つまりそのデュッコっていう僧侶が聖書の中で基督に成り代って云うのです。「吾は悪魔の救世主なり。皆吾に従え」ってんで自分が先祖代々から受け伝えて来た悪魔の血すじを、系図みたいに書並べたのがソノ新約の書出しなんで、それから自分が虫も殺さぬ宣教師となって明暮れ神の道を説きながら、内心では悪魔の道を信仰して、女を殺したり、金を捲上げたりして来た恐ろしい悪事の数々を各章に分けてサモサモ勿体《もったい》らしく書立ててあるのです。人間は神様と良心を蹴飛ばしちまえばドンナ幸福でも得られる。自分の師と仰ぐものはイエス・クリストじゃない、悪魔に魂を売った独逸の魔法使いファウストだってんで、ありとあらゆる科学的な悪事のやり方が、自分の体験と一緒に、それ相当の悪魔式のお説教を添えて書いてあります。
(四十七行削除)
それから一番おしまいの詩篇のところへ来ると、極端な恋歌ばっかりですね。それもマトモな恋の歌なんか一つもないので、邪道の恋、外道の恋みたいなものを讃美した歌ばっかりなんで呆れ返ったワイ本なんですがね……ヘエ……。
ナ……何ですか……その本がどこに在るかって仰言るんですか……ヘヘヘ。それが又面白いんです。
今も申します通り、その聖書は、ちょっと見たところ、古い木版みたいな字の恰好ですからね。蔵《しま》っておいたって仕様がないし、そうかといってウッカリ気心の知れないところに持って行ってお勧めする訳にも行きませんからね。困っちゃって、ボクスか何かの古い皮革《かわ》のケースに入れ
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