で脳味噌を蒸発させるかどうかしている私を、どこからか引っぱって来て、或る一つの勿体《もったい》らしい錯覚に陥《おとしい》れて、何かの役に立てようとしているのではないかしらん。そうでもなければ、私自身の許嫁だという、あんな美しい娘に出会いながら、私が何一つ昔の事を思い出さない筈はない。なつかしいとか、嬉しいとか……何とかいう気持を、感じない筈はない。
……そうだ、私はたしかに一パイ喰わされかけていたのだ。
……こう気が付いて来るに連れて、今まで私の頭の中一パイにコダワっていた疑問だの、迷いだの、驚ろきだのいうものが、みるみるうちにスースーと頭の中から蒸発して行った。そうして私の頭の中は、いつの間にか又、もとの木阿弥《もくあみ》のガンガラガンに立ち帰って行ったのであった。何等の責任も、心配もない……。
けれども、それに連れて、私自身が全くの一人ポッチになって、何となくタヨリないような、モノ淋しいような気分に襲われかけて来たので、私は今一度、細い溜息をしいしい顔を上げた。すると若林博士も、ちょうど脈搏の診察を終ったところらしく、左掌《ひだりて》の上の懐中時計を、やおら旧《もと》のポケッ
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