私から払い除《の》けられたために、床の上へ崩折《くずお》れて、腸《はらわた》を絞るほど歎き悲しんでいる……
[#ここで字下げ終わり]
 というような、世にも不可思議な、ヤヤコシイ事実に対して、若林博士がドンナ説明をしてくれるかと、胸を躍らして待っていた。
 けれども、この時に若林博士は何と思ったか、急に唖《おし》にでもなったかのように、ピッタリと口を噤《つぐ》んでしまった。そうして冷たい、青白い眼付きで、チラリと私を一瞥しただけで、そのまま静かに眼を伏せると、左手で胴衣《チョッキ》のポケットをかい探って、大きな銀色の懐中時計を取り出して、掌《てのひら》の上に載せた。それからその左の手頸に、右手の指先をソッと当てて、七時三十分を示している文字板を覗き込みながら、自身の脈搏を計り初めたのであった。
 身体《からだ》の悪い若林博士は、毎朝この時分になると、こうして脈を取ってみるのが習慣になっているのかも知れなかった。しかし、それにしても、そうしている若林博士の態度には、今の今まで、あれ程に緊張していた気持が、あとかたも残っていなかった。その代りに、路傍でスレ違う赤の他人と同様の冷淡さが、あら
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