のお名前が、御自身に思い出されますれば、それにつれて、ほかの一切の御記憶も、貴下の御意識の表面に浮かみ現われて来る筈で御座います。その怪事件の前後を一貫して支配している精神科学の原理が、如何に恐るべきものであるか。如何なる理由で、如何なる動機の下にそのような怪犯罪が遂行されたか。その事件の中心となっている怪魔人が何者であるかという真相の底の底までも同時に思い出される筈で御座います。……ですから、それを思い出して頂くように、お力添えを致しますのが、正木先生から貴方をお引受け致しました私の、責任の第一で御座いまして……」
私は又も、何かしら形容の出来ない、もの怖ろしい予感に対して戦慄させられた。思わず座り直して頓狂《とんきょう》な声を出した。
「……何というんですか……僕の名前は……」
私が、こう尋ねた瞬間に、若林博士は恰《あたか》も器械か何ぞのようにピッタリと口を噤《つぐ》んだ。私の心の中から何ものかを探し求めるかのように……又は、何かしら重大な事を暗示するかのように、ドンヨリと光る眼で、私の眼の底をジーッと凝視した。
後から考えると私はこの時、若林博士の測り知れない策略に乗せられ
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