た貧青年の手記』『たった一晩一緒に睡った筈の若い夫人が、翌朝になると白髪《しらが》の老婆に変っていた話』『夢と現実とを反対に考えたために、大罪を犯すに到った聖僧の懺悔譚《ざんげものがたり》』なぞいう奇怪な実例が、色々な文献に残存しておりまして、世人を半信半疑の境界《さかい》に迷わせておりますが、そのような実例を、只今申しました正木先生独創の学理に照してみますと、もはや何人も疑う余地がなくなるので御座います。そのような現象の実在が、科学的に可能であることが、明白、切実に証拠立てられますばかりでなく、そんな人々が、以前《もと》の精神意識に立ち帰ります際には、キット或る長さの『自我忘失症』を経過することまでも、学理と、実際の両方から立証されて来るので御座います。……すなわち厳密な意味で申しますと、吾々《われわれ》の日常生活の中で、吾々の心理状態が、見るもの聞くものによって刺戟されつつ、引っ切りなしに変化して行く。そうしてタッタ一人で腹を立てたり、悲しんだり、ニコニコしたりするのは、やはり一種の夢中遊行でありまして、その心理が変化して行く刹那《せつな》刹那の到る処には、こうした『夢中遊行』『自
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