一層冷静に……何もかも私が存じております……という風に響いて来るのであった。
「……どうも失礼を……然るに私が、只今お伺い致しまして、あなたの御様子を拝見してみますと、正木先生の予言が神の如くに的中して参りますことが、専門外の私にもよくわかるので御座います。貴方は現在、御自分の過去に関する御記憶を回復しよう回復しようと、お勉《つと》めになりながら、何一つ思い出す事が出来ないので、お困りになっていられるで御座いましょう。それは貴方が、この実験におかかりになる以前の健康な精神意識に立ち帰られる途中の、一つの過程に過ぎないので御座います。……すなわち正木先生の御研究によりますと、貴方の脳髄の中で、過去の御記憶を反射、交感致しております部分の中でも、一番古い記憶に属する潜在意識を支配しておりますところの或る一個所に、遺伝的の弱点、すなわち非常な敏感さを持った或る一点が存在しておったので御座います。
……ところが又一方に、そうした事実を以前からよく知っている、不可思議な人物が、どこかに居《お》ったので御座いましょう。ちょうどその最も敏感な弱点をドン底まで刺戟する、極めて強烈な精神科学的の暗示材
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